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ルールに翻弄されるスキージャンプ。
日の丸飛行隊を蘇らせた最新スーツ。 

text by

茂木宏子

茂木宏子Hiroko Mogi

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photograph byKYODO

posted2010/02/11 08:00

ルールに翻弄されるスキージャンプ。日の丸飛行隊を蘇らせた最新スーツ。<Number Web> photograph by KYODO

長野五輪から劇的に変わったジャンプスーツ。

 多くの日本人にとって、ジャンプといえば長野五輪の団体戦が思い出されることだろう。当時の選手たちといえば、厚さ8mmの分厚い生地でつくられたダボダボのスーツに身を包み、空中で大きく風を孕む凧のように飛んでいた。

 しかし、長野五輪の直後からスーツは劇的に変化する。スキーと同様に飛びすぎを抑制しようと、FISがレギュレーションの変更に踏み切ったのだ。生地の厚さは5mm以下になり、胸回りは胸囲+8cm、胴回りはウエスト+10cm……というように体の8つの部位でスーツの“遊び(余裕)”を規定した。ダボダボだったスーツはいく分スリムになったのである。

 しかし、発泡素材でできたスーツの生地は一定の厚さに保つのがなかなか難しい。ロール状にして置いておくと生地自体の重さでつぶれてしまうし、ロールの最初か終わりか、真ん中か端っこかによっても厚みが微妙に違ってくる。1本のロールでも4.9mmや5.2mmになる箇所があり、暗黙の了解で多少の誤差は許されていた。

ドイツのマイニンガー社はルールの隙間をついた。

 こうしたルールの隙間をついたのが、当時ワールドカップに出場する選手の9割以上が着用していたドイツのマイニンガー製のスーツである。日本の選手が着ていたデサントやミズノのものより厚いといわれ、測ると5.4mmぐらいはあったという。スーツの遊びも8つの部位をうまく回避する形でつくられており、「規定よりちょっと大きいのでは?」と思うことがしばしばあった。しかし、同社のスーツを規格外としたら、ほとんどの選手が失格して試合が成り立たなくなってしまう。そんな事情もあって、スーツの公平化は図られていなかった。

写真通気量測定装置で計測。1平方mあたり0.1リットルの違いにこだわる

 転機になったのは、イタリアのヴァル・ディ・フィエンメで行われた2003年の世界選手権。通気量がほとんどないような裏地素材を使ったスーツが登場し、物議を醸したのである。

「スーツに使用する生地の断面はサンドイッチのような5層構造になっています。表面のアウター生地、ウレタンフォーム(スポンジ)、フィルム状の弾性膜、ウレタンフォーム、裏地が重なっているんですが、真ん中の弾性膜には一定の間隔で小さな穴が空いていて、これで通気量をコントロールしているんですよ」

 裏地でも通気量が少なければ、風を孕みやすくなるので競技には有利に働く。ルールの盲点をついた、想定外のスーツだった。こうした事態を重く見たFISは、選手が公平な条件で勝負できるように「生地は4.0mm以上5.0mm以下の厚さで、通気量は表地も裏地も1秒間に1平方mあたり40リットル以上」という規定を厳格に定め、スーツ検査も行うことで翌シーズンから徹底した。

極限まで進んだ規制がメーカーの自由度を奪っていった。

 スーツを構成するパーツ(カッティングされた生地)の数やサイズも制限され、自由なデザインを施すことは不可能になった。また、スーツのあらゆる部位が体のサイズに対して最大6cmの“遊び”しか許されなくなった。

 ミズノは以前から生地の製造からカッティング、縫製までスーツづくりを一貫して手がけていたが、このルール変更を機に生地の製造からは手を引くことを決断した。今はスイスの素材メーカー・エシュラー社から生地を買い、カッティングと縫製に力を注いでいる。

 これはミズノに限ったことではなく世界的な流れで、近年は8~9割の国がエシュラー社から生地を買って自国の工場でカッティングや縫製を行っているという。エシュラー社の生地はほとんどFIS公認のようになっているので、素材に関して妙な疑念を持たれる心配がないのもメリットだ。

【次ページ】 1シーズンに何度もマイナーチェンジを繰り返す最近の傾向。

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