バンクーバー五輪 匠たちの挑戦BACK NUMBER
ルールに翻弄されるスキージャンプ。
日の丸飛行隊を蘇らせた最新スーツ。
text by
茂木宏子Hiroko Mogi
photograph byKYODO
posted2010/02/11 08:00
スキー板の長さなど、様々なルール変更に苦しんだ日本は、長い低迷期に陥った。あまり知られていないが、ジャンプスーツも、その一つ。
ようやく復調の兆しを見せ、バンクーバーでメダルを狙う日の丸飛行隊。
極限まで進んだルール規制のなかで、どうやってライバルと差をつけるか――。競技の開始の直前まで、匠の手は止まらない。
いよいよ目前に迫ったバンクーバー五輪。スキージャンプで表彰台に期待がかかるのは、日本選手団の主将を務める39歳の岡部孝信、6大会連続代表となった葛西紀明という2人のベテランと、若手の伊東大貴、栃本翔平、竹内択が臨む団体だろう。
前回のトリノ五輪では団体6位に沈んだ日の丸飛行隊。かつては“お家芸”とまでいわれたスキージャンプは、2大会連続でメダルを逃した。しかし、2007年と2009年の世界選手権団体では銅メダルを獲得し、復活の兆しを見せている。
たび重なるルール変更に日本チームは泣かされ続けてきた。
これまで日本チームの低迷の原因としてしばしば指摘されてきたのが、スキーの長さ規制である。長野五輪までは「身長+80cm」のスキーの使用が許されていたが、選手の安全を考えて飛び過ぎを防ぐ狙いから、長野五輪以降は「身長の146%」へと変更されたのだ。小柄な選手が多い日本人に不利なルール改正といわれた。
そのほかにも、選手の過剰な減量を防ぐため体重によってもスキーの長さを制限し、ジャンプ台も安全性を考えた形状に変更するなど、国際スキー連盟(FIS)は、様々なルール変更を行い、選手たちは対応を迫られてきた。ジャンプスーツも、そのひとつだ。
一般的にはあまり知られていないのだが、ジャンプスーツはこの競技において欠くことのできない重要な武器である。空中で下からの揚力を受けるジャンプスーツは翼の役割を果たすため、性能いかんで飛距離が大きく変わる。メーカー各社は“飛ぶスーツ”をめぐって熾烈な開発競争を繰り返してきたのである。
「ルールのギリギリのところでモノづくりをしている」
今では素材の構造から生地の厚み、通気量に至るまで非常に細かくレギュレーションが定められており、メーカーごとの差別化が難しいのが実情だ。開発の自由度も大幅に狭まっている。
「でも、その限られた範囲の中で、いかに工夫して選手にとっての最良の一着を仕立てるか――。そこがぼくらの腕の見せどころなんですよ」
ミズノのスポーツプロモーション部冬季競技課に勤める小田正紀は開口一番、そう語った。基本的なモノづくりは兵庫県内の工場で行っているが、札幌に拠点を置く小田は試合などに帯同してトップ選手とコミュニケーションを取り、スーツに何らかの問題が生じたときには現場でミシンをかけて手直しをする。
「そうした事態がないのが理想ですが、競技用に関しては手直しのないスーツはまずありません。FISが決めたルールのギリギリのところでモノづくりをしているので、選手の体型がちょっと変わっただけでも調整が必要になってくるんです。これまで多くの修羅場をくぐってきましたから、スーツにどんなトラブルが起きても現場で対応できる自信はありますよ」
代表に選ばれた5人が不安なく大一番に臨めるのも、小田のような存在があればこそ。工場からこの日届いたばかりの代表選手用スーツを手に、小田は知られざる舞台裏を語り始めた。