MLB Column from WestBACK NUMBER

ボンズの記録に思う 

text by

菊地慶剛

菊地慶剛Yoshitaka Kikuchi

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posted2006/05/31 00:00

ボンズの記録に思う<Number Web> photograph by AFLO

 バリー・ボンズ選手が5月21日、今季6号本塁打を放ち、通算記録で遂にベーブ・ルースの714本に並んだ。1974年にハンク・アーロンが達成以来の快挙だ。前回コラムを入稿して以来、ずっとこの話題を取り上げようと待ち受けていたのだが、ここまで待たされるとは予想もしていなかった。実はボンズ選手が712本目を打ち、あと2本に迫った5月3日から、ずっとジャイアンツに帯同していたのだが、あまりに時間を要しすぎるため、17日のアストロズ戦を最後に取材から離れた矢先の出来事だった。

 とはいえ、その2週間で体験したものは、米国のメディアで“ボンズ・サーカス”と報じられたほど、“ボンズ狂想曲”一色の日々だった。今回は快挙達成の裏側で繰り広げられたボンズ選手対報道陣の悲喜交々についてレポートしたいと思う。

 今回のボンズ選手の記録はもちろん全国の注目を集めていた。もちろん自分ばかりでなく、全国各地の有力新聞やスポーツ誌が記者を送り込んでおり、ジャイアンツのロッカールームは選手以上のメディアが常に群がる異常事態が続いた。確かにマグワイア選手の年間本塁打記録を塗り替えた2001年にも似たような状況だったのだが、その時と大きく事情が違ったのが、ボンズ選手のメディアに対する対応だった。今季の彼は貝のように口を閉ざし、必要以上にメディアとの接触を避けたため、フィールドの裏側では常にボンズ選手とメディアの間で戦々恐々たる状態が続いていた。

 元々ボンズ選手はメディアとの関係が良好でないことで有名だった。しかし2001年のボンズ選手は混乱を避け、監督や選手たちに迷惑がかからないよう、週に2、3回ペースで試合前にメディアの取材に応じ続けた。しかし今季は試合前の取材はほとんど受けず、話すのも本塁打を放った試合後に限られた。その理由はサンフランシスコ・クロニクル紙2人の記者の共著『Game of Shadows』が上梓されたことにより、ボンズ選手のステロイド使用疑惑が再燃したことによるだろう。5月7日に713本目を放った後の記者会見でステロイドの話題が出た際も、「ステロイドの話をしたいのか、それとも本塁打なのか」と顔をしかめたほど、この話題を触れられることに神経過敏に陥っていた。

 だが全国から集まったメディアは、ジャイアンツの番記者以外すべてボンズ選手目的なのだから始末が悪い。試合前後のロッカールームはただボンズの一挙一動を見守るためだけにメディアが集まるため(自分もその1人だったのだが…)、明らかに他の選手たちの居場所を奪っていたし、ボンズ選手に代わり連日連夜質問責めに遭い、温厚なアルー監督さえも終盤は「もうバリーの質問は答えなくてもいいだろう」と不快感を表すくらい、ずっとバツの悪い雰囲気が漂い続けた。

 もちろん選手側だけでなく、ボンズ選手の生の声をなかなか聞けないメディアの欲求不満も日々募っていくばかりだった。特にメディアを苛立たせたのが、記録達成まで時間がかかったこと以上に、メディア内での不公平感だった。実は米国最大のスポーツ専門放送局ESPNが春季キャンプから毎週1回ボンズ選手のドキュメンタリーを放送し始めたのだ。その名も『Bonds on Bonds(ボンズについて語るボンズ)』。この番組のクルーだけは常にボンズ選手の側につききりでカメラを回し続け、いつでも彼の声を得ることができるのだから、他のメディアが嬉しいはずはない。両者間の溝をさらに深める結果になったといわざるを得ない。

 そんな喧騒が続く中でボンズ選手は偉業を達成したが、冒頭の通り決して楽な道のりではなかった。メディアの取材攻勢はいうまでもなく、ステロイド疑惑再燃で敵地球場では容赦ないブーイング、罵声を浴び続ける環境は、ボンズ選手にとって過酷の一言だった。

 そして偉業を達成した今は、メディアや一般の人々がステロイド疑惑というフィルターを通してボンズ選手を評価する傾向が強いのだ。ボンズ選手の取材をしていたときも、多くの米国人メディアがネガティブな発言を繰り返していたことに正直驚いたし、多少の違和感すら抱いていた。

 「ボンズはステロイドをやってるだろうけど、彼の凄いのはあの打撃フォームだよ」

 サンフランシスコ滞在中に訪れたラーメン店で、日本人のおじさん数人が野球談義に興じていた。彼らの他愛のない会話を聞いていてハッとさせられたのだが、どうやら米国の人々はボンズ選手を「ステロイド>打撃技術」で捉えるのに対し、自分を含めた日本人の多くはその反対ではないかということだ。

 ただし米国人の傾向として時として異常なほどの集団心理が働く傾向が強いと感じることがままある。例えば大量の化学兵器を秘蔵しているといって挙国一致で一目散にイラク戦争に突入し、現在は反対論が噴出しているように、ボンズ選手の偉業についてもステロイド騒動が落着した後でないと本当の評価は定まってこないような気がする。

#バリー・ボンズ
#サンフランシスコ・ジャイアンツ

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