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バルセロナ 「ドリームチームの再来」
text by
横井伸幸Nobuyuki Yokoi
photograph byDaisuke Nakashima
posted2008/12/18 21:56
観る側にとっては半信半疑のスタートだった。ジョゼップ・グアルディオラは、現役時代は確かに素晴らしい選手だったが、監督経験はわずか1年。実績は、上から数えて4番目のカテゴリーとなる3部リーグのバルセロナBを、2部Bリーグに昇格させただけである。あまりにも心許ない。
選手の入れ替えにも不満は残った。
ロナウジーニョとデコを放出したことはプラスと考えることができる。2人のバルサ時代は終わりを迎えていたからだ。しかし、新監督自身が「要らない」と言ったサムエル・エトーの引き取り先を見つけられず、残してしまったのはどうか。一旦は構想外と宣告された選手に、どれほど期待できるというのか。
補強も同様で、数年前から噂されていたダニエウ・アウベスの獲得は喜ばれた(ディフェンダーに3500万ユーロ=約41億円は破格だが)。元副会長の孫で、生粋のバルサっ子ジェラール・ピケも歓迎された。だが、残りのセイドゥ・ケイタ、マルティン・カセレス、アレクサンドル・フレブは地味である。暗いシーズンを送ったファンは希望を見出せるスターを求めていた。彼らはそうではない。
プレシーズンは予想に反して好調だったバルサだが、リーガ開幕戦では早速負けた。それも相手は2部から上がったばかりのヌマンシア。地元のメディアは辛辣に、グアルディオラを叩いた。やれ去年と同じだ、やれ新米監督はやっぱりダメだ、と。
しかし、ここから新生バルサは本領を発揮する。
第2節ラシン・サンタンデール戦は結果こそ1-1の引き分けに終わったが無数のゴールチャンスを作った。続くチャンピオンズリーグのスポルティング・リスボン戦は3-1で鮮やかに勝利した。以後、1試合平均3ゴール以上決めるペースで勝ち続け、第9節のマラガ戦を終えたところで、'06-'07シーズン第33節以来となる首位に立っている。その後チャンピオンズリーグでも1位でグループリーグ勝ち抜けを決め、11月末までの公式戦20試合の成績は16勝1敗3引き分け。58得点で失点は14。まさに破竹の勢いだ。
その間、グアルディオラを不安視していた人たちも考えを変えていった。
もちろん何よりも説得力があったのは試合結果だが、彼が植え付けたダイナミックで速いサッカーが与えたインパクトも大きい。
何しろ攻撃は圧倒的である。右サイドからは、旧知の友のように息が合うリオネル・メッシとアウベスが絶え間なく仕掛ける。左からはティエリー・アンリやアンドレス・イニエスタが単独で、あるいはコンビネーションを使って突破を試みる。彼らにパスを振るシャビ・エルナンデスは調子を落としたことがない。そして、エトー。彼の活躍はファンや監督にとって嬉しい驚きだろう。一度見限られたにもかかわらず、腐ることなく献身的にプレーし、11月の末にはリーガの得点ランキングをリードしているのだ。
守備は非常に組織的で効果的だ。フォワードラインがしつこくボールを追い、中盤の選手はタイミング良くプレスを仕掛ける。ディフェンスラインは高めに位置取り、全体をコンパクトにしている。だからセカンドボールを相手チームの選手に取られても、次の瞬間、奪い返すことができる。全員で攻めて、全員で守る。攻撃は敵陣の中で、守備も敵陣の中。そのコンセプトが実際に形になっている。
選手のメンタル面も大きく変わった。昨季まではスロースターターだったのが、今季は最初から全開。リーガの総得点の4割を前半30分までに決めている。これまで早い段階で大きくリードしたときはペースを落としていたが、今季はなおゴールを狙いに行っている。カンプノウを離れてもその姿勢は変わることなく、アウェーゲーム10連勝というクラブ記録を打ち立てた。
そんなグアルディオラのバルサにドリームチームを感じるという声が上がり始めたのは、9月の終わり頃だ。
リーガのスポルティング・ヒホン戦やエスパニョール戦で使った3-4-3というフォーメーション、そしてヨハン・クライフお得意の“思いつき”にも似た予測不能のローテーション。さらに決定的だったのは、10月4日のアトレティコ・マドリー戦6-1の勝利である。試合の翌日、『スポルト』紙のコラムニストはこう書いた。
「昨日のバルサはほぼ完璧だった。'90年代の、あのドリームチームにそっくりだった」
ドリームチームとは、'90年から'94年までの間、リーガ4連覇とチャンピオンズリーグ制覇を成し遂げたバルサを指す。クライフが自身の哲学に沿って作り上げたこの時代のバルサは、クリエイティブなスタイルが非常に魅力的で、スペインサッカーのスタンダードをも変えてしまった。いまでこそ攻撃的で面白いと言われるリーガだが、それまで幅を利かせていたのは自陣をガッチリ守る戦術と、何の工夫もない縦一本のロングパスだった。
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