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宿沢広朗 「言葉の力で革命を」 ~名監督の原点・ラグビー日本代表監督時代~
text by
永田洋光Hiromitsu Nagata
photograph byHirotsugu Okamura
posted2009/10/27 10:30
試合後、記者を前にした宿沢の第一声は「お約束通り、勝ちました」だった
1989年5月28日、スコットランド戦勝利。日本ラグビー史上に輝く金字塔は、一人の新人監督の手によって打ち立てられた。
就任わずか3カ月目、チームを一変させた宿沢の手腕を探る。
就任わずか3カ月目、チームを一変させた宿沢の手腕を探る。
あまりにも鮮烈な勝利の記憶は、20年経った今でも輝かしいモニュメントとして、当時を生きた人々のなかに厳然として存在する。
1989年5月28日、日本代表28-24スコットランド代表。
日本にラグビーが伝えられてから90年目にして、日本の代表チームが初めて海外列強の一角を破った。世界のラグビーを牛耳ってきた「ビッグ8」=イングランド、スコットランド、アイルランド、ウェールズ、フランス、NZ、豪州、南アのインターナショナル・ラグビーボード(IRB)オリジナルメンバー=を相手に挑むこと28回。積年の悲願を達成したのが、この勝利だった。
スコットランド代表が主力選手を10名欠き、後に同協会がこの試合を正式なテストマッチと認定しなかったとしても、それで勝利の価値が減じられたわけではない。トライ数は日本の5に対してスコットランドが1。内容的には日本の圧勝だった。
「エポック・メーキングなゲームでした。トライ数5-1という勝利は、今後はもうないでしょう。ラグビー自体も変わったから、将来日本が強豪国に勝つとしてもPGで3点ずつ刻むような内容になるでしょうね」
そう話すのは、このチームでキャプテンを務めた平尾誠二(神戸製鋼コベルコスティーラーズ総監督)だ。