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中田翔 「エースで4番」を追いかけて。
text by
氏原英明Hideaki Ujihara
posted2007/08/23 00:00
この3年間の中田のハイライトシーンといえば、1年夏の甲子園1回戦・春日部共栄戦だろう。5番を任されていた中田は、乱調のエース辻内を助け、5回途中から登板。146kmのストレートを武器に4回1/3を1失点に抑えた。さらに、7回には勝ち越しとなる130m弾を左中間スタンドにぶち込んだ。
「マウンドで投げたいと思っていた。僕の持ち味は思い切り行くことなので、思い切り行きました。ホームランは思い切りふって、ぱっとみたら入ってました」
試合後、中田はそう語った。投げて「松坂」、打って「清原」クラスの逸材と、誰もが色めき立った。
だが、それと同時に「投手・中田」と「打者・中田」のどちらが本物なのか、どちらでプロの世界で挑戦していくべきなのか、あちこちで、騒がれるようになったのもこの頃からだった。中田を指導する大阪桐蔭高・西谷浩一監督は、どちらをも評価した。
「今までウチに来た投手の中では間違いなくナンバーワンです」
「たくさんの選手を見てきましたけど、パワーだけなら、桁外れに一番の打者です」
この10年で13人のプロ野球選手を輩出している大阪桐蔭にあっても、中田は投打どちらをとっても、秀でた存在と西谷監督は評す。ただ、そう話す指揮官は投打に才のある彼から、どちらかを棄てさせるという考えは最初からない。
「よく言うのですが、僕は中田がピッチャーであるべきか、バッターであるべきかという考えを持っていないんです。入学してきたときから『エースで4番』になるためのプログラムを作ってきました」
とはいえ、「エースで4番」というポジションが簡単にこなせるポジションかというと、そうではない。80年の歴史を誇るプロ野球においても、海の向こうのメジャーリーグにおいても、今、そんな「どあつかましい」ポジションを担っている選手はいない。それだけ、同時に全うすることが難しいポジションなのだ。少年野球ならザラにあるポジションなのに、それが、成長していくにつれて減っていく。このポジションに求められるものが年代を経るにつれて重くなるからだが、実質、高校野球までが限界だろう。しかも、その高校野球ですら、最近の「エースで4番」は形だけのものが多い。投打ともに高水準を保ったままの選手がいないのが、現状だ。
だが、少年野球の観点に立ち返って考えてみると、「エースで4番」の概念は実に明瞭である。一番野球が上手な選手が、ピッチャーをやり、4番を打つ。マウンドに立つものは元来、運動能力に長け、それだけの精神力も備えている。王貞治しかり、桑田真澄しかり、松坂大輔しかり。田中将大も、斎藤佑樹の打撃も非凡だった。マウンドに立つ人間には野球選手としての優れたポテンシャルが備わっているはずなのだ。中田も同じである。チームメイトの丸山貴司主将が証言する。
「投げても打っても、すごいんですけど、入学して一番驚いたのが、意外に足が速いんです。運動能力が高いんですね。打って、投げて、守って、走れる選手です」
中田こそ「エースで4番」を成し得る男。西谷監督はそこを目指したのだ。1年秋の新チーム結成以降、実質的に「エースで4番」というポジションを中田に用意し、誰もが成し得なかった「投打の怪物」育成を実践しようとしたのだ。高校2年春、中田は最速151kmを投げ、本塁打も36本を記録。松坂と清原を一人で演じる、彼はその道を確かに歩もうとしていた。