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ジーコ名将説を追え。
text by
熊崎敬Takashi Kumazaki
photograph byShinji Akagi
posted2008/02/14 15:56
市役所戦の前日、旧市街のスポーツ店を覗いてみると、若い店員がなぜか笑みを浮かべて握手を求めてきた。
「きみは日本から来たのか!?― ジーコを手放してくれて感謝するよ!― あの男が、フェネルを世界のチームにしてくれたんだ!」
カナリアたちがジーコへの見方を180度変えたのは、チャンピオンズリーグでベスト16に進出したからだ。過去、出れば負けを繰り返してきたフェネルは、クラブ史上初めてグループリーグを勝ち抜いた。昨年12月12日、地元でCSKAに逆転勝ちして2位通過を決めたときには、感激のあまり泣き崩れるカナリアが続出したという。
創立101年目にして偉業を成し遂げたフェネルは、「フェネジリア」というニックネームで呼ばれている。チーム名にブラジル(トルコ語ではブラジリア)をかけた造語だ。ヨーロッパでの成功が、この言葉に集約されている。
フェネルには9人の外国人が在籍し、ブラジル人は6人にも上る。大御所のアレックス、ロベルト・カルロスに加えて、アウレリオ、べデルソンのようにトルコ国籍を持つ選手もいる。ブラジル人が屋台骨を担うフェネルは、古風なブラジル的プレーをすることでグループリーグを勝ち抜いた。ゆったりとショートパスをつなぎながら、絶対的な“10番”(実際は20番)アレックス独自の味つけによってゴールを陥れるのだ。現代の流れに逆行するかのような、手数と時間をかけた攻撃である。
王様アレックスの力を前面に押し出すため、ブラジル化を推進した首脳陣の目論見は見事に当たった。そして、いまも計画は進んでいる。この冬の補強リストには、ブラジル人ストライカーの名が並んだ。リヨンのフレッジにオランダリーグ得点王のアフォンソ・アウベス、さらにはロナウドまでも。
高級紙『ミリエット』で健筆を揮うユスフ記者は、ブラジル化がジーコにとって追い風になったと考えている。
「チームの中軸を担うブラジル人たちは、ジーコをサッカー界の英雄として、敬意を払っている。そのことによって、ジーコはチーム内における権限を確立することができた」
もちろん、だからといって、彼はフェネジリアのお飾りというわけでもない。ジーコがいなければ計画は成功しなかった、と考えるファンは決して少なくないのだ。
カナリアのひとりが力説する。
「いま活躍している主力の多くは、ジーコの就任後にチームに加わった。デイビッド、エドゥ、ルガーノ、ロベルト・カルロス……。ジーコの存在がなかったら、このチームは成り立たなかっただろう。例えば、昨シーズン散々批判されたデイビッドは、インテルやCSKAを相手に貴重なゴールを決めてくれた。それはジーコがお払い箱になりかけたデイビッドを信じ、使い続けたからだ。選手を見る目はたしかなんだ」
1年目の失敗を経て、ジーコは変わった。国内リーグやチャンピオンズリーグでは、日本代表時代には見られなかった采配や振る舞いが見られるようになった。
(以下、Number697号へ)