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ジーコ名将説を追え。 

text by

熊崎敬

熊崎敬Takashi Kumazaki

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photograph byShinji Akagi

posted2008/02/14 15:56

ジーコ名将説を追え。<Number Web> photograph by Shinji Akagi

 凍えるような寒さがイスタンブールを覆い尽くした1月13日、アジア側に聳え立つフェネルバフチェの競技場で2008年最初の国内リーグ戦が行なわれた。2位につけるフェネルが迎え撃つのはイスタンブール市役所、昇格1年目のクラブである。

 スタジアムに足を運んだ3万余の熱心なフェネル信者たちが、白い息を吐きながら叫んでいる。しばらくして、意味がわかった。

 「愛してるぜ、ジーコ!」

 間違いなく、そう繰り返していた。

 空席が目立つスタンドを注意深く見渡すと、今度はゴール裏の角あたりに見慣れない横断幕を発見。愛らしい黄色と青のマスコットに、ポルトガル語の文句が描かれていた。

 「ヘイヘイヘイ!― ジーコは僕らの王様だ」

 ジーコの現役時代、フラメンゴのスタジアムに掲げられていた有名な横断幕の一節を、フェネル信者が拝借したのだという。

 キックオフの10分前、ジーコがピッチに登場するとカメラマンが一斉に群がり、フラッシュを浴びせた。厳しい表情をたたえた指揮官のもとに、昨シーズンまでフェネルにいた市役所の選手が駆け寄ってくる。ジーコは思わず相好を崩し、英語でいった。

 「明けましておめでとう」

 やがて、小さなダービーマッチの火蓋が切られた。

 「愛してるぜ、ジーコ」に「王様ジーコ」。それは夢かと疑いたくなる光景だった。

 昨シーズン、クラブ創設100周年の監督としてフェネルに雇われたジーコは、期待を大きく裏切った。チャンピオンズリーグでは予選でディナモ・キエフに惨敗し、代わって参戦したUEFAカップでもベスト32での撤退を余儀なくされる。

 しかし、ヨーロッパ戦線の惨憺たる成績とは裏腹に、国内リーグでは余裕の優勝を飾った。カナリアと呼ばれるファンはトルコ全土で狂喜乱舞したが、優勝が決まった翌日、ジーコについて尋ねてまわると、ほとんどが口を尖らせたものだ。

 「監督がジーコじゃなかったら、もっと早く優勝していたはずだ」

 「人柄は間違いなくいいが、一日も早くブラジルに帰ってほしい」

 さらに記者が日本人だとわかると、

 「こんなに能力の低い監督を、なんで俺たちに押しつけたんだ」

 と言いがかりをつけてくる男までいた。つまり、ジーコはほとんど犯罪者扱いだった。それがたった半年あまりで、神のように仰ぎ見られるようになったのだ。

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