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<アルペンスキーの革命児> 皆川賢太郎 「『80%の滑り』の境地」 ~特集:バンクーバーに挑む~
text by
松原孝臣Takaomi Matsubara
photograph bySatomi Tomita
posted2009/12/26 08:00
がむしゃらな気持ちだけでは100%の能力は発揮できない。
あらためて尋ねる。「80%の滑り」とは何なのか。
「試合では100%出したいと当然思うじゃないですか。がむしゃらに一発かけてやるって。でも人間の能力ってそんなもので全部が出るわけじゃない。頭の中にある作戦ももちろん実行しなければいけないし、道具もきちんと使えないといけない。気持ちだけがあってもすべてを一体にはできない。その部分で冷静にならなきゃいけないから、そういう意味での80%なんです。
アルペンは、何人も滑る中で、コース状況は必ず変わっていく。前の人たちのときは晴れていても突然雪が降るということもあるし、ある種フェアじゃない。そのあたりも計算に入れてやらないといけないと思う。それに、途中までどんなにいい滑りをしていても、ミスしてゴールできなければすべてがゼロになる。ゼロにしないためにも、80%で必ず戦うという意識を持っていますね」
怪我を転機に、滑りへの見方、取り組み方、競技の捉え方も変わった。そしてたどり着いたのが、「80%の滑り」への意識であり、それが皆川の力を発揮させたのだ。
「ネガティブな感情のほうがありがたくないですか?」
怪我を転機とできたのは、「革命児」と呼ばれたように、もとから備わっていた考える力と探究心あってこそだろう。それが怪我というアクシデントに遭遇し、存分に発現したのではないか。
怪我で滑れない時期、ふとネガティブな感情に襲われたりしたことはなかったのか、聞いてみた。 「ネガティブな感情のほうがありがたくないですか?」
皆川は聞き返すと、続けた。
「だって、なんでもうまくいっているときって、例えばこれがあるからうまくいくという原因があったとしても、当たり前になっているから、それに気づかないし、考えることもないじゃないですか。でもネガティブに考えることで、どれが自分に必要なパーツかを理解できる。人間ずっと前ばかりには歩けないから、何歩か下がってみること、日々の生活でネガティブになることってすごく重要だと思うんですね」