プロ野球亭日乗BACK NUMBER
好青年なだけでは生きていけない!?
斎藤佑樹に必要なのは“悪の勇気”。
text by
鷲田康Yasushi Washida
photograph byMiki Fukano
posted2011/02/09 10:30
150kmの球速を記録し話題になったこともある斎藤だが、直球のアベレージは140km前後。スライダー、カーブ、チェンジアップなど変化球をどう生かすかが生命線になる
「Who's your daddy?(誰がオマエのパパなんだ?)」
2004年ア・リーグ、リーグチャンピオンシップ第2戦。宿敵ボストン・レッドソックスを迎えたニューヨーク・ヤンキースの本拠地、ヤンキースタジアムにこんな大合唱が巻き起こった。
ヤジの矛先はマウンドに立つレッドソックスのエース、ペドロ・マルティネス投手だ。
「ヤンキースはオレの父親(daddy)みたいなものなんだ」
マルティネスがこう言いだしたのは、この年のシーズン終盤にこっぴどくヤンキース打線に打ち込まれたときだった。常に自分の前に立ちはだかる父親のような巨大な壁――とてもかなわない存在だが、いつしかそれを乗り越える。そんな思いを込めて、吐いた言葉だったかもしれない。
ただ、daddyという言葉が悪かった。
「ペドロはヤンキースに白旗を掲げた」
レッドソックスファンにまでそう揶揄され、ヤンキースファンの格好の餌食となった。
「Who's your daddy?」とは、ベッドでその行為の最中に男性が己の征服欲を満たすために使う隠語でもある。その強烈なヤジを浴びながら、マルティネスはこの試合、6回3失点で敗戦投手となった。
マルティネスは意図的な“ビーンボール”で松井秀喜を封じ込めた。
だが、だ。
この投手が1990年代後半から2000年代にかけて“最強”と称された理由は、次のピッチングにある。
2度目の先発となった第5戦、地元フェンウェイ球場のマウンドに上がったマルティネスは、絶好調のヤンキース・松井秀喜外野手に対して“ビーンボール”まがいの内角攻めをお見舞いした。
打席でのけぞり、後ろに倒れんばかりにボールを避けた松井。実はここまでのシリーズは、まさに松井のシリーズでもあった。第4戦まで20打数で2本塁打を含む11安打の10打点。いきなり3連勝で王手をかけた時点で「このままいけばMVPは松井」と言われる活躍を見せていた。
レッドソックスは第4戦を延長の末に制して1勝3敗。そして崖っぷちは変わらないまま、第5戦の先発マウンドに立ったマルティネスは、相手打線のキーマンを封じ込めるために意図して、この危険球を投げ込んだのだ。
結果的に狙いははまる。
この試合を境に松井のバットから快音は消えた。残り3試合は14打数で3安打の打点0。ポイントゲッターを封じ込まれたヤンキースは、まさかの4連敗でワールドシリーズ進出を阻まれることになった。