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張本勲の爆弾発言「チームが間違った方向にいっている」巨人退団→ロッテ移籍…選手なのに監督に指示「ここで代打はダメ!」張本の“強烈エピソード”
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岡野誠Makoto Okano
photograph byKYODO
posted2025/04/05 11:01

巨人から移籍した張本勲は現役生活最後の2シーズン(1980、81年)をロッテで過ごした
試合前のミーティング、選手たちは川崎球場の狭い食堂で直立不動になりながら、山内監督の技術論に耳を傾けていた。数十分が過ぎると、張本は苛立ちを隠せなくなる。眉間に皺を寄せたまま、声を上げた。
「長い」
端的な一喝が、部屋中に響き渡った。山内監督は我に返って、話をまとめ始めた。
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「張本さんにとっては、『わかりきったことを言わなくていいよ』という意味だったと思うんですよね。ただ、私は『そんな打ち方があるのか』という発見があったし、長いとは感じなかった。ベテランと若手では、受け止め方が違ったと思います」
監督に“助言”「ダメダメ!」
試合中、山内監督が代打を出そうとすると、張本が呼び止めた。
「ダメダメ! ここで代打使っちゃダメ!」
指揮官は「おお、そうか」と交代を留まった。
「なんか面白かったですね(笑)。山内さんは本当なら、誰も意見を言えないくらいの大選手ですよ。それなのに、聞く耳を持っていた。だから、周りもいろいろ言うんです」
張本は山内をこう評している。
〈野球に対してシンから純粋な人で、人間関係を忖度してああだこうだと考えをめぐらし策を弄したり、裏から手をまわしたりするような人ではなかった。頭の中には「野球そのもの」しかない、そういう人だった。それが、よかった〉(※6)
プロ22年目を迎えていた張本は、あらゆる“野球人”を見てきた。グラウンド外の立ち回り方、自分の見え方にばかり気を遣う首脳陣もいた。しかし、山内は野球だけに没頭していた。意見を受け入れる度量があると感じたから、遠慮せずに本音を言えたのかもしれない。
張本の3000本安打に沸いている頃、二軍で打ちまくる男がいた。落合である。じつは落合の一軍昇格にも張本が関わっていた――。〈つづく〉
※1 79年6月11日号/週刊ベースボール
※2 98年12月9日発行/書籍「野球人」
※3 80年1月25日付/スポーツニッポン
※4 80年1月6日付/スポーツニッポン
※5 80年7月3日号/週刊現代
※6 91年7月25日発行/書籍「闘魂のバット 3000本安打への道」
