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西山朋佳“初の女性棋士”不合格「じつは関西重鎮一門の系譜が…」元A級棋士が思う棋士編入試験の問題点「試験官も戸惑う非公式戦だけに」
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田丸昇Noboru Tamaru
photograph byKeiji Ishikawa
posted2025/01/29 06:00
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棋士編入試験を2勝3敗で終えた西山朋佳女流三冠
西山は飛車が1筋に追われる悪形を強いられたが、角を利かして玉頭戦に持ち込んだ。ともに金銀の厚みで玉を守りながら、駒を取り合って激闘を繰り広げた。西山が先手玉を直撃した局面は有望に思われたが、柵木が開き直って角を捨てて後手玉に迫ると、西山は意外にも有力な寄せが続かなかった。
西山は攻防手で懸命に粘ったが、柵木が厳しく寄せて135手で勝った。終局は17時54分。残り時間は柵木3分、西山1分。ある棋士は「西山さんがだいぶ巻き返したと思っていました。敗因がよくわからない将棋でした」と語った。
第2図は西山の投了後に想定される局面。先手の▲6一角に△7二歩は、▲9三歩成以下の順で寄り筋となる。先手玉に詰みはない。本局で勝負の明暗を分けたのは、双方の飛車の働きの違いだった。先手の飛車は受けに利いたが、後手の飛車は最後まで攻防にまったく利かなかった。
「編入試験に臨んだ半年間は充実した…」と笑顔も
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柵木四段はほかの試験官たちと同様に、西山の勝利を願う世間の声に複雑な気持ちを抱いたようだ。ただ当日は対局が始まると、いつものように指せたという。そして、多くの人たちが注目した対局で実力を出し切ったことは、今後のフリークラス脱出に向けて大きな転機になると思う。
西山女流三冠は終局後のインタビューや記者会見で次のように語った。
「いろいろな思いがありますが、5人の方々(試験官の棋士)にはそれぞれの考えで向き合ってくれたことに感謝します。本局は出だしで思わしくない形にしてしまい、粘るような展開になりました。終盤では何かあると思っていましたが、いい手を見つけられませんでした。編入試験に臨んだこの半年間は充実した期間でした」
西山は記者から編入試験の再受験について問われると、「今後のことは、いったん家に帰ってから考えを整理したい」と答えるにとどめた。トップの女流棋士はプロ公式戦に出場できる機会が多い。冒頭で述べた棋士編入試験の要件を再び満たすことは十分に可能だと思う。
西山は20年3月の三段リーグ最終日までに14勝4敗の好成績を挙げながら、次点となって四段昇段を逃した。想定外の記者会見では、逆転負けを喫した将棋を思い起こして思わず涙がこぼれた。
しかし今回の記者会見では、十分に戦ったという満足感からか笑顔を時おり浮かべた。
「関西重鎮一門の系譜」が受験理由の1つだっただけに
じつは、西山女流三冠が棋士編入試験を受けた大きな理由には、一門の系譜があった。
関西棋界の重鎮だった神田辰之助九段から、岡崎史明八段−伊達康夫八段−伊藤博文七段と続く系譜だ。西山の師匠の伊藤七段には棋士の弟子はなく、『将棋年鑑』に載っている棋士系統図で伊藤の次は空欄である。西山は「一門の系譜が自分で途絶えてしまうのが残念なので、西山さんにはぜひ棋士になってほしい」という師匠の切実な思いを痛感している。それを叶えるためにも、あまり遠くない時期に西山が再受験することを期待したい。
それにしてもプロ公式戦で勝率6割5分以上の好成績を挙げながら、試験官の棋士たちも戸惑う非公式戦の五番勝負で四段昇段を決する現行制度に、私こと田丸は疑問を抱いている。フリークラスから順位戦C級2組への主な昇級規定は《20勝以上、勝率6割5分以上》。プロ公式戦の機会が多い女流棋士には、この規定を併設することを提案したい。〈将棋特集:つづく〉
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