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<待望のボクシング界ホープ> 井岡一翔 「世界王者がスタートライン」
text by
渋谷淳Jun Shibuya
photograph byTakuya Ishikawa
posted2011/02/08 06:00
史上最短での世界王者獲得を狙うとなれば、何かと周囲も騒がしい。
だが、彼の将来を見据える眼差しはぶれることがない。
ボクシングのホープにはいつの時代もやんちゃなイメージがつきまとう。徹底して強気なコメントと派手なKO勝利がセットになると、ボクシングファンはたちまち落ち着きを失うのだ。たとえば我らが浪速のジョー、辰吉丈一郎がそうだった。好意的な見方は少なくとも、亀田三兄弟だってやんちゃといえばやんちゃである。
井岡一翔は違う。虚勢とは無縁の語り口。インテリジェンスに裏打ちされた冷静なファイトスタイル。これでまだ21歳というのだから「大人びている」は率直な印象だ。
2月11日、神戸ワールド記念ホール。日本の若き才能がWBC世界ミニマム級チャンピオン、オーレドン・シッサマーチャイに挑む。近年やや乱発気味の世界タイトルマッチにあって、この一戦は記録への挑戦という意味で特別な輝きを放つ。デビュー7戦目で世界タイトルを手にすれば、辰吉と名城信男の持つ世界タイトル獲得の国内最短記録を塗り替えることになるのだ。
高まる期待を意識しつつ、当の本人は静かに闘志を燃やしていた。
「7戦目に絶対にやりたかったのでうれしいです。記録という要素も注目されるためには必要でしょう。本心は記録というよりも、一戦でも早く、一日でも早く、チャンピオンになりたい。そんな気持ちです。だらだらとはやりたくない。ボクシングは選手生命の長いスポーツでもないですから」
チャレンジしやすいからこそ、難しい“最短記録”の壁。
ボクシングにはさまざまな記録がある。最短記録は防衛記録などと比べると、短時間で達成できるというメリットがあり、チャレンジのしやすい記録と言えるだろう。
井岡ジムの会長で一翔の叔父、弘樹はプロ9戦目にして世界タイトルを獲得し、具志堅用高と並ぶ'87年当時の最短タイ記録と18歳9カ月という史上最年少記録を打ち立てた。しかしながら弘樹のようなケースはまれで、挑戦しやすいからこそ、記録の壁に跳ね返されたボクサーは多い。
失敗のたびに繰り返されるのは「早すぎた」との批判だ。もっと経験を積ませてから挑戦させるべきだった。プロモーションを優先させるあまり、無謀な挑戦をさせてしまったのではないか。つまりは世界タイトルマッチを甘く見ていたのではないかと。
一翔の実父であり、トレーナー兼プロモーターとして息子を支える一法は、今回の世界挑戦を妥当な選択だと考えている。
「それだけの強敵とやってきた。道は通ってきましたからね。これはもうやらなしゃあない。本人もこだわりを持ってますから」