濃度・オブ・ザ・リングBACK NUMBER
「一番でいたい。老害と呼ばれてもね(笑)」50歳になった“デスマッチのカリスマ”葛西純が「リングの上なら死んでもいい」と言わない理由
text by
橋本宗洋Norihiro Hashimoto
photograph byNorihiro Hashimoto
posted2024/11/01 11:02
デビュー27年目に入った“デスマッチのカリスマ”葛西純
葛西にとって、ケガの痛みは「空気みたいなもの」だという。
「そこにいるのが当たり前で、なおかつ向き合うべきもの。言ってみれば夫婦ですよ。機嫌が悪い時だってあるけど、それも含めて夫婦でしょ。ケガで首が痛い、腰が痛い、両ヒザが痛い。それも同じなんですよ」
息子は20歳、娘は7歳。「普通のサラリーマンのお父さんよりは家にいられる時間がある」から、娘と遊びに出かけることも多い。曰く「付き人稼業」。そんな光景を、葛西はSNSでファンに見せる。プロレスラーは雲の上の存在だとは考えていない。むしろ試合とのギャップを見せたい。
「リングの上なら死んでもいい」と言わない理由
9月9日の誕生日は、いつも通りに過ごした。
「家族は“お寿司でも取ってお祝いしようか”と言ってくれたんだけど、そういうのは子供たちだけでいいよと。夜、ジムに行って帰ってきたらみんな寝てましたね(笑)」
リングでの非日常と家族との日常を行き来しながら、葛西純は生きている。デスマッチで大量の血を流しながら「リングの上なら死んでもいい」とは言わない。
「生涯現役。それが天命だと思ってますね。壮絶な試合でお客さんをガンガンに盛り上げて、車を運転して家に帰って、風呂入って晩酌して寝る。そこまでがデスマッチですよ。で、翌朝になったら布団の中で冷たくなってる。それが理想の終わり方ですね」
リング上では死なない。でも死ぬまでプロレスラーでありたい。プロレス以外の人生は考えられないと言う。
「若くてイケイケの頃は、俺も“リングで死ねたら本望”なんて思ってたけど。そういうヤツは本当に死を意識したり、死に直面したことがないんですよ」
葛西が死を意識したのは、アメリカ遠征の時だった。試合後に低血糖と脱水症状で倒れ「このまま死ぬんだな」と感じた。それ以降「生きて帰るのがデスマッチ」と考えるようになった。相手の攻撃を受ける、やられても立ち上がる。それがプロレスだ。その“耐えて立ち上がる”要素を極限まで拡大して見せるのがデスマッチだと言っていい。
「血を流すのはリングの上だけでいい」
左腕のバンデージには、いつもペンで「Against War」と書いている。ロシアがウクライナに侵攻した時から書くようになった。
「極端な平和主義者ってことでもないんだけど、やっぱり子供がいるとね。そういうことも考えるようになりますよ。それに自分が血を流してるんで。“血を流すのはリングの上だけでいい”って思うんですよ」
血が見たいなら俺たちを、デスマッチを見に来いと葛西は訴える。葛西にとってリングは限りなく自由で、なおかつ死を意識する場所だ。プロレスができなくなる日は必ず来る。だからこそ、いつか来るその日まで妥協したくない。そして妥協しないプロレス人生を送っているから、年齢を重ねることをレベルアップだと言えるのだ。