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紛糾した“誤審騒動”に「一本を取るしかない」…柔道81キロ級金・永瀬貴規(31歳)はなぜパリで圧勝できた?「会場は当日まで行きませんでした」
text by
小松成美Narumi Komatsu
photograph byNanae Suzuki
posted2024/10/20 11:00
パリ五輪柔道81キロ級で金メダルを獲得した永瀬貴規(31歳)。畳外の喧騒に翻弄されず、連覇を達成できた秘訣はどこにあったのか
パリで永瀬の傍にいたのは、81キロ級のコーチである秋本啓之(38歳)と、練習パートナーである石内裕貴(31歳)である。
「東京オリンピックからお世話になっている秋本さんとは、一戦一戦を想定し、試合展開を言葉にして、掛け合う技すらも具体的に確認していました。ビデオを繰り返し見て、練習場では小さな動きにも修正を加えていきました。練習パートナーを務めてくれた石内には、対戦相手になり切って技をかけてもらいます。自分が苦手としている組み手や負けたことがある技への回避の方法を体に覚えさせるためです。最後の最後までそのことには取り組んでいました」
開会式翌日の7月27日、柔道競技が開始される。
男子60キロ級の永山竜樹(28歳)は、準々決勝でスペインのフランシスコ・ガリゴス(29歳)との対戦で一本負けを喫していた。2分過ぎに寝技に持ち込まれ、30秒ほど経った時、審判が「待て」をかけた。が、ガリゴスはその手を緩めなかった。その直後に永山は失神し、相手に一本勝ちが宣告された。
「不可解な判定が出る可能性はどんな試合にもある」
直後から、「待て」が活かされなかったことへの批判がメディアで報じられる。その様子をテレビで見ていた永瀬は、自らにこう言い聞かせた。
「自分の試合でも、こうしたことは起こりうると考えていました。不可解な判定が出る可能性はどんな試合にもある。それを防ぐためには、しっかり技をかけきり、一本を取るしかない」
永山は敗者復活戦で勝ち上がり、3位決定戦でトルコのサリフ・ユルドゥズ(23歳)には一本勝ちして、銅メダルとなった。さらにその翌日、66キロ級の阿部一二三(27歳)が見事に金メダルを手中にし、73キロ級の橋本壮市(33歳)は銅メダルを獲得する。
そして7月30日。永瀬も戦いの朝を迎える。
「前夜はよく寝られました。不安な気持ちで目覚めることもなかった。男子柔道は各々が目標を胸に戦い、金メダルを達成できた選手もいれば、できなかった選手もいた。けれど、3階級ともメダルを獲得していましたから、日本チームとしてはいい流れでした。その流れを私が断ち切るわけにはいかない。この時には『金メダルを取る』とはっきりと言葉にして考え、会場へ向かいました」