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藤井聡太21歳カド番で知る「秒読みの怖さ」羽生善治や升田幸三も“勝ち筋見落とし”ポカの一方で…ひふみん「リズムに乗ると調子よくなる」
text by
田丸昇Noboru Tamaru
photograph byNumberWeb
posted2024/05/16 06:00
叡王戦第3局で敗れた藤井聡太八冠。秒読みの妙も勝負を分ける要因となったのかもしれない
藤井は類まれな才能と詰将棋で鍛えた深い読みによって、秒読みに追い込まれてもミスは少ない。叡王戦では伊藤の卓越した終盤力が藤井より勝ったといえる。
思い出されるのは2019年11月の王将戦リーグ(広瀬章人竜王ー藤井七段)最終戦である。
両者はともに4勝1敗で勝った方が渡辺明王将への挑戦権を得る。藤井は中盤で苦戦を跳ね返したものの、終盤で秒読みが10手以上も続いた。そして、広瀬が△6九飛成と王手した土壇場の局面で、▲6八歩と合駒したことで長手順の即詰みが生じた。▲5七玉と逃げれば藤井の勝ちだった。
藤井(当時17歳4カ月)は最年少タイトル挑戦の記録を逃した。さすがに落胆したようで、棋士人生で初めての挫折経験となった。将棋も不調に陥り、師匠の杉本昌隆八段に「手が見えない」と弱音を吐くこともあったという。
実は羽生が“3手詰め”でポカしたことも
藤井はその後、広瀬戦の苦い経験を教訓にして、持ち時間を多く使っても最後は少し残すことを心がけている。3分ぐらいの残り時間で勝ち切る実戦例が多くなった。消費時間が切り捨ての対局では、1手を59秒以下で指し続ければ持ち時間は減らない。しかし叡王戦は消費時間をすべて加算するので、その手は不可能である。
過去の対局においても、秒読みをめぐって様々な出来事が起きている。
1図は1963年に行われたA級順位戦(大野源一八段-塚田正夫九段)の終盤の局面の部分図(外部サイトでご覧の方は、関連記事から見ることができます)。なんと両者の玉に王手がかかっている。
敗勢の塚田が形作りに△2八飛の王手をかけると、大野は▲3九玉と逃げて△2七飛成▲3一角の王手で勝ちと読んでいたが、秒読みに追われて読み筋と指し手を混同してしまい、先に▲3一角と打ったのだ。すると塚田は「これ、もらっておくね」と言って、△4八飛成で玉を取り上げた。王手を見落とした大野の反則負けとなった。
これは極端な例だが、一流棋士でも秒読みになると、信じられないような大ポカや悪手を指すことがある。
2図は1991年に行われた竜王戦(羽生善治棋王-南芳一王将)の終盤の局面の部分図。羽生は敵陣に入玉すると、安全を期して飛車取りに△2七桂と打った。しかし、実戦は▲2九銀△1九玉▲2八銀引(3図)と進み、簡単な3手詰めで羽生は敗れた。羽生の数少ない大ポカだったが、秒読みが続いていて読みが混乱したようだ。なお、2図では南の玉に詰み手順があった。
加藤一二三の「秒読み」エピソードの数々
秒読みという観点で逸話を持つのは、「ひふみん」の愛称でお馴染みの加藤一二三・九段である。
加藤は現役時代、長考派の棋士として知られていた。