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全米でも速報された23歳日本人ボクサーの訃報…穴口一輝の激闘から何を学ぶべきか「ボクシングには罪の意識を覚える試合が存在する」 

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杉浦大介

杉浦大介Daisuke Sugiura

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photograph byHiroaki Yamaguchi

posted2024/02/06 11:03

全米でも速報された23歳日本人ボクサーの訃報…穴口一輝の激闘から何を学ぶべきか「ボクシングには罪の意識を覚える試合が存在する」<Number Web> photograph by Hiroaki Yamaguchi

23歳の若さでこの世を去った穴口一輝。対戦した堤聖也や井上尚弥など多くの関係者、ファンが回復を祈ったが、願いは届かなかった

 こういったリング事故の後はストップのタイミングなどを材料にいわゆる“犯人探し”が始まるものだが、すでに散々語られている通り、堤対穴口戦は止めるのが極めて難しい内容の戦いだった。穴口が4度のダウンを喫した上での0-3判定負け。スキルに恵まれた挑戦者も持ち味は発揮しており、ダウンした以外のほとんどの時間帯は優勢に思えたほどだった。ダウンを喫した後も穴口の反撃のパンチには勢いがあり、少なくとも試合中には“悪い兆候”は見て取れなかった。

 終了のゴング直後、リング上で両選手が健闘を称え合う姿は爽やかでもあった。穴口から最も近い位置にいたレフェリー、セコンドの現在の心中は察して余りあるが、「止めるタイミングを見つけるのは難しかった」という大方の意見に筆者も同意したい。

 ただ……たとえそうだとしても、事故は起きてしまったわけだから、試合前後、試合中のすべての流れを振り返り、検証する作業は必要なのだろう。関係者に明白な落ち度がなかったとしても、安全面を少しでも向上させるために何ができるのか。ボクシングという競技の本質を揺るがすようなルール改正は現実的ではないにしても、セキュリティ、医療体制をもっと強化することはできないか。

悲劇の一戦から学んだNYSAC

 20年以上に及ぶボクシング取材歴の中で、筆者も残念ながら何度かリング事故に直面した経験がある。

 中でも強烈に記憶に刻まれているのは2013年11月2日、ニューヨークのマディソン・スクウェア・ガーデン・シアター(現在の名称はHuluシアター)で挙行されたマゴメド・アブドゥサラモフ(ロシア)対マイク・ペレス(キューバ)のヘビー級10回戦だ。この試合で激しい打ち合いの末に判定負けを喫したアブドゥサラモフは脳内出血を負い、危篤状態で入院。奇跡的に一命は取り留めたものの、以降は生涯にわたって車椅子生活を強いられることになった。

 試合を管理したニューヨーク州アスレチック・コミッション(NYSAC)、ドクターの診断に問題があったとして、アブドゥサラモフの家族が訴訟を起こす事態になった悲劇的な一戦。ニューヨークの関係者、ファンの心に暗い影を落としたこの試合のあと、地元のボクシング興行は徐々に変わっていった。端的に言って、NYSACはボクシングイベントにおける安全対策をより厳重にしようと試みてきたのだ。

【次ページ】 ニューヨーク興行が減っている理由

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