Jをめぐる冒険BACK NUMBER
「前十字靭帯が50%も断裂している…」30歳で重傷を負ったJリーガーが下した「大事な膝にメスを入れない」という決断…なぜ、完治できたのか?
text by
飯尾篤史Atsushi Iio
photograph byAtsushi Iio
posted2024/01/26 11:04
選手生命を脅かす大怪我から復活した北海道コンサドーレ札幌・駒井善成(31歳)
佐藤とは、アスレチックトレーナーの佐藤義人のことだ。ラグビーファンなら、名前をご存知かもしれない。神業とも言われる独自の施術によって短期間で負傷者を復帰させることから、付いた呼び名はゴッドハンド――。
2015年のラグビーW杯では日本代表チームに帯同し、歴史的3勝と、出場国で唯一の離脱者ゼロという記録を支えたトレーナーであり、堀江翔太や松田力也など、佐藤と個人契約を結ぶラグビー日本代表選手も少なくない。
実は駒井も19年の右膝半月板損傷の際、佐藤の世話になったことがあった。ただし、3日間だけだったのだが。
「佐藤さんのリハビリメニューが地獄のようにキツくて、これは耐えられへん、もう無理やなと思って、そのときは3日で通わなくなってしまって(苦笑)」
だが、意を決して佐藤に連絡し、京都にある治療院へと向かった。
「絶対にアイシングはしないように」
「チームドクターの提案で『1週間様子を見ることになった』と伝えたら、『じゃあ、1週間、僕の言うとおりにしてください』って。それでワットバイクというトレーニングバイクをメニュー通りに漕ぐように、たとえ腫れても絶対にアイシングはしないように、と指示されて」
患部を冷やすアイシングは炎症を最小限に抑え、痛みを緩和させるというのが定説だが、佐藤の治療では原則として行われない。冷やせば、筋肉は硬くなる。炎症の悪化は防げる反面、血液の循環を滞らせてしまうからだ。
前十字靭帯は関節内にあって血流に乏しいものの、毛細血管は通っている。血流を良くすれば必ず自然治癒できる、というのが佐藤の考えだった。
札幌に戻った駒井はまずワットバイクが置いてあるスポーツジムを探し、佐藤の指示したメニュー通り、ひたすらバイクを漕いだ。
そして1週間後、再びMRI検査を受けると……。
「数値を測ったらちょっと良くなっていたんです。少しだけですけど1週間で早くも効果が出たし、自分のフィーリングも良くて。それで札幌のトレーナーに引き続き、佐藤さんを信じて挑戦したいって伝えたんです」
佐藤からは「2カ月チャレンジしてみたほうがいい」と言われていた。前十字靭帯がくっつくまでにはそれだけの時間を要する。もし2カ月経ってくっついていなかったら、そのときに手術をすればいい。
「リハビリで培った筋肉は手術したあとでもすぐに戻る。手術をしてからリハビリをしても、リハビリをしてから手術をしても変わらない。それだったら先にリハビリをして自然治癒の可能性を探ったほうがいいって佐藤さんは言うんです。それを札幌のトレーナーに伝えたら、『善成が望むなら、そうしてみよう』と理解してくれて」
そこからは札幌と佐藤の治療院がある京都を行き来する日々を送った。
佐藤の治療院は決して訪ねやすい場所にあったわけではない。駒井は治療のたびに新千歳空港から飛行機で伊丹空港まで飛び、バスで京都駅に出て、電車で妻の実家の最寄り駅まで行き、車を借りて40分ほど走らせた。
「2週間に一回のペースで通いました。でも、それでも佐藤さんには優先して診てもらえたと思うんです。アスリートから高校生やおじいさん、おばあさんまで施術を受けにきていて、予約が取れないことで有名な方なので」
クラブも協力的で、ワットバイクを購入してクラブハウスに置いてくれた。