Jをめぐる冒険BACK NUMBER
「前十字靭帯が50%も断裂している…」30歳で重傷を負ったJリーガーが下した「大事な膝にメスを入れない」という決断…なぜ、完治できたのか?
text by
飯尾篤史Atsushi Iio
photograph byAtsushi Iio
posted2024/01/26 11:04
選手生命を脅かす大怪我から復活した北海道コンサドーレ札幌・駒井善成(31歳)
22年は11月末にカタールW杯が開幕するため、リーグ戦は11月上旬に終わった。チームがオフに入ったため、駒井はクラブハウスでひとり黙々とバイクを漕ぎ、スクワットなど佐藤に指示されたメニューをこなした。
「バイクを漕いだり、スクワットをすることで筋肉痛を起こすと、周りの筋肉補強にもなるし、脳から『この筋肉痛を治せ』っていう信号を送ることで血液がそこに集中して、負傷箇所の治癒力を促進させていくようで、理に適っているなって。トレーニングしたあとは足がガクガクで立てないくらいなんですけど、血液が流れ込んでいるのを自分でも感じられて」
駒井が佐藤の治療法を信じたのは、ラグビーの日本代表選手をはじめとする数々の治療実績だけが理由ではない。他でもない佐藤自身がビーチサッカー日本代表選手として活躍していた頃に、前十字靭帯断裂、半月板損傷、骨挫傷、内側側副靱帯断裂の大怪我を同時に負いながら、数日後には自転車を漕ぎ始め、治癒したというのだ。
「普通だったら全治10カ月くらいの大怪我なんですけど、5カ月で復帰したらしいです。信じられないですよね。自分が一番の実験台なんです」
26歳だった3年前の駒井はあまりの辛さに3日で逃げ出してしまったが、30歳となった駒井は歯を食いしばって佐藤のリハビリに取り組んだ。
「やるんやったら出し切って、それでダメなら仕方ないなって。中途半端にやってダメだったら後悔するなって。悔いだけは残したくなかったんで。朝からひとりでバイクを漕いでいて、サボりたくなりましたよ。今日はやりたくないな、と思った日も何回もありました。でも、佐藤さんのところに行けばサボったのはバレますし。逃げ出せなかったです」
そして、2カ月後――。
「画像を見たら成果がすごく出ていて、札幌のトレーナーも『めちゃめちゃいいね』って言ってくれて」
受傷から5カ月が経った23年3月23日、駒井はチーム練習に合流し、フルメニューを消化する。
「切り返しのところは怖さがあったんですけど、徐々に気にならなくなった。膝のリバウンドや痛みはまったくなく、怖さなくやれました。ボールフィーリングはまだまだでしたけど、特別悪くなかった。右膝の半月板を手術したときは、捻りのところですごく嫌な感じがあったんですけど、今回は大丈夫でした」
4月15日の浦和レッズ戦で途中出場して公式戦復帰を果たした駒井はその後、累積警告で出場停止となった1試合を除き、25試合すべてに先発出場を飾り、ゼロトップ、シャドー、ボランチと複数のポジションをこなすなどフル稼働でシーズンを駆け抜けたのである。
「手術しなくても治す選択肢がある」
1年3カ月前に負った大怪我と治療法について、駒井が今あらためて話をするのには理由がある。
「復帰してから、再び前十字を損傷してしまったり、リバウンドが出ることなくシーズンを完走して大丈夫だったから、証明できたかなって。手術をしなくても治す選択肢があるんだってことを伝えたいですね。やっぱり、苦しんでいる仲間の姿もたくさん見てきたので」
アスリートには怪我はつきものだ。だからこそ受傷後の選択肢は多いほうがいい。
もちろん、前十字靭帯損傷に対する保存療法の適用は、損傷の程度にもよるし、選手の性格による向き不向きもある。腫れや痛みが出なかった駒井のケースは恵まれていたのかもしれないが、大事な膝にメスを入れずに治せるという成功例の一つであることは確かだろう。
黙々とリハビリに励んだ駒井の姿は、札幌の若い選手たちの手本となったに違いない。そして前十字靭帯損傷を乗り越えた駒井自身は、今が一番いい状態で、まだまだ成長できることを実感している。