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「両脚の蹴りは命にかかわる」落馬だけではない“競馬の痛い瞬間”とは? 元騎手見習いの芸人が明かす競馬学校時代の「危険な体験談」
text by
松下慎平Shimpei Matsushita
photograph byGetty Images
posted2023/09/09 17:01
放馬したサラブレッドを体を張って止めようとするウンベルト・リスポリ(イタリア)。ジョッキーの仕事に危険はつきものだ
「片脚の蹴りなら大怪我、両脚の蹴りなら…」
やはり最初に思いつくのは前述した「落馬」だろうが、これについては少々長くなってしまいそうなので後回しにするとして、その他のリスクについてまずは触れていきたい。
落馬と同じくらい危険性が高いのは、馬に「蹴られる」ということである。乗馬であろうが、競馬であろうが、馬に携わって最初に教えられることは「不用意に馬の後ろに立つな」ということだ。オーストラリアの競馬学校のインストラクターは、真剣な顔でこう言っていた。
「片脚の蹴りなら大怪我、両脚の蹴りなら命にかかわる」
その言葉に若き日の私は戦慄し、馬の後ろには徹底的に立たないように心がけて過ごしたものだ。とはいえ、馬の動きというのは基本的には突拍子もなく、馬房掃除などで目を離している隙に、馬が尻をこちらに向けていた……なんてことは2度や3度ではない。それでも、蹴られることなく今に至るのは非常に幸運なことである。
しかし、私の身近に馬に蹴られた人物がいる。母だ。岩手に住んでいた母の実家の向かいの家では馬を飼っていた。その馬に不用意に近づいた母は顔を蹴られ、額を縫う大怪我を負ったらしい。半世紀以上が過ぎた今でもその傷跡は残っている。幸いにも髪の生え際あたりの傷は目立たず、髪をおろしていると気づく人はいないらしいが、母の額にあるディープインパクトの流星のような小さな傷を目にする度に、馬の蹴りの恐ろしさを私は実感するのであった。
噛みつきの痛みは“あの洗濯バサミ”に似ている?
次に馬に「噛まれる」ということがあげられる。噛まれる体の部位や強さによっては大怪我に繋がる場合もあるのだが、これの難しいところは馬に敵意がある場合も、ない場合もあるということだ。
攻撃的な気持ちで噛んでくる馬は大概耳を伏せていたり、せわしなく脚が動いていたりでわかりやすい。「噛んでやろう」という気配がビシビシと伝わってくるので、ある程度の警戒も噛まれる覚悟もできる。一方、人の手から人参などを与えられた際に勢い余って指を噛んでしまう馬もいる。さらに、知っておいてほしいのはコミュニケーションとして噛んでくることもあるということだ。「噛む」という行為が信頼の証であったりもする。しかし、その強さや噛み方が馬によって異なるのが問題なのだ。