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「両脚の蹴りは命にかかわる」落馬だけではない“競馬の痛い瞬間”とは? 元騎手見習いの芸人が明かす競馬学校時代の「危険な体験談」
text by
松下慎平Shimpei Matsushita
photograph byGetty Images
posted2023/09/09 17:01
放馬したサラブレッドを体を張って止めようとするウンベルト・リスポリ(イタリア)。ジョッキーの仕事に危険はつきものだ
大人しくブラッシングされていると思ったら、急に腕や肩をパクっとやられる。分厚い唇で挟むだけの馬もいれば、しっかり噛んでくる馬もいる。ただ、そんなことで怒るわけにもいかないので、どんなに痛くても軽くあしらうことしかできない。
どんな痛さなのかを説明するのは難しいが、とあるお笑いライブの罰ゲームコーナーで、ヒモにつけた大きめの洗濯バサミを体につけて引っ張られる、という芸人ならではの経験をしたことがある。これが痛みの度合いとしては非常に似ていた。馬に噛まれる痛みというものに興味のある方は一度トライしていただきたい。もちろん、人目にはつかないように。
もっとも嫌な痛みは「足を踏まれる」こと
次に紹介したいのが、個人的にもっとも嫌な痛みである「足を踏まれる」という事例だ。この痛みを経験したことがないホースマンは、おそらくいないだろう。
噛まれるのと同じように、馬と接している以上は防ぎようがないのだが、これがまた尋常じゃないくらい痛い。踏まれる位置やタイミングが悪ければ、骨折や爪が割れることも珍しくない。
馬を引いて移動するときが踏まれるケースとして一番多いのだが、絶対に踏まれたくなかった私は馬に上半身を預け、足をできるだけ馬から遠ざけて移動していたものだ。自然と馬に寄り添って歩いているように見えるので、「お前は本当に馬が好きだな」と周囲からはよく言われたが、「足を踏まれたくないだけだ」とは明かせず、ずっとヘラヘラしていた。
対策として安全靴を履く場合もあるが、私が研修で滞在していた牧場では、安全靴の先端を踏んで馬が挫跖(石などの硬いものを踏んだときに蹄の底に起きる炎症)してしまうのを嫌がって、スタッフ全員が普通のブーツを着用していた。己の痛みより愛馬の無事を優先するのだから、頭の下がる思いである。
では、私が競馬学校時代にもっとも恐怖したアクシデントとはなんだったのか。後編では、今も苦い後悔が残る「ある落馬の記憶」を紐解いていきたい。
<後編に続く>