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競馬PRESSBACK NUMBER
落馬事故で絶たれたジョッキーの夢…元騎手見習いがそれ以上に後悔する“競馬学校での苦い記憶”「同じ夢を追う仲間に大怪我を…」
posted2023/09/09 17:02
text by
松下慎平Shimpei Matsushita
photograph by
Getty Images
2頭の馬が暴走…まるで「牛裂きの刑」
前編では、馬の蹴りや噛みつき、踏みつけのリスクについてお話しさせてもらった。ここで番外編的に、私が経験した痛みの中で鮮明に記憶に残っているものを紹介したい。
それはオーストラリアのゴールドコースト競馬場に隣接する厩舎に研修で所属していた時のことだった。2頭引きで厩舎から競馬場に向けて調教する馬を引いていると、道路を横切るルートで1頭の馬が鳥に驚いて立ち上がった。
基本的に、馬を引くリード(引き綱)は手や腕に巻きつけてはいけないという教えがある。馬が急な動きをしたときに手からリードが離れず、引きずられたりするのを防ぐためだ。しかし、私は愚かにも手のひらにリードを巻きつけていたため、立ち上がった馬に腕を勢いよく引っ張られてしまった。その勢いで肩を脱臼した。もちろん激痛である。
さらに悪いことに、それに驚いたもう1頭も暴れ出し、逆に向かって走り出そうとしたのだ。2頭の馬が逆方向に私を凄い力で引っ張ろうとしている――江戸時代に牛を使った類似の処刑の方法(牛裂き)があったと後で知ったときは、ひどく肝を冷やした。
咄嗟に脱臼していない方のリードを手から離す。すると引き手を失い、自由を得た馬はゴールドコーストの市街地へと走り出した。
「愚かな日本人のせいでオーストラリアきっての繁華街をサラブレッドが爆走」
国際ニュースまったなしではないか。そんな考えが頭をよぎったが、逃げ出した馬は少し走ったところで道の脇の草を食べるために立ち止まり、なんとか事なきを得た。脱臼の痛みと大事にならなかった安堵感の中、リードを手に巻きつける行為と、馬の2頭引きは一生すまい、と私は心に誓ったのであった。