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進取の将棋BACK NUMBER
「藤井聡太名人に4勝20敗は“偏っている”」渡辺明前名人39歳も大棋士…“2つの天才性”を中村太地八段が語る「パッと見で瞬間ピピッと」
posted2023/06/10 11:01
text by
中村太地Taichi Nakamura
photograph by
Keiji Ishikawa
今期の名人戦は藤井新名人、渡辺前名人による非常に高いレベルでの攻防が繰り広げられました。その中でも将棋の奥深さを感じた中で……前回お話しした第1局に続いて、決着局となった第5局についても話を続けていきます。
藤井新名人が設置した「4六角」「6六角」
長野県高山村の藤井荘――私も一昨年、将棋普及イベントで同地を訪れましたがとても閑静で雄大な渓谷に癒されました――で行われた一局は渡辺前名人が7七桂と跳ねる「菊水矢倉」と呼ばれる戦型を選択しました。この形はひと昔前に流行して最近また少しずつ見直されている形で、藤井竜王はあまり経験したことのないものだったと思います。その中で渡辺前名人は“駒をすべてきれいに使っていく”得意の展開に持ち込んで、優勢の直前くらいまでは進めていました。しかしその中で藤井竜王が勝負手気味に放ってきたのが「4六角」「6六角」という、角を2枚設置する選択でした。
ここは終盤戦の入り口に入った勝負どころでした。本譜を先に言うと渡辺前名人が長考ののちに「2三桂」と指したことで、形勢が徐々に藤井新名人に傾くことになりました。ただ、ここで正しいとされる「6六同金」という手を指したとしても、勝ちに大きく近づくわけでなく、ほんの少しの優勢を保てるというレベルの難しさです。難攻不落の藤井新名人を倒すまでには、さらにひと山もふた山も……いやそれ以上の山はきっとあるのですが、ここの山を乗り切らなければいけないところだったのだと感じます。
この時点までは渡辺前名人の方が“自玉が堅く、先手で自分が攻めている”のですごく気持ちのいい展開だと思います。しかし藤井新名人の「4六角」「6六角」によって、一気に自玉に怖い状態が生まれました。駒がいっぱい効いている状態は、選択肢が多くなる。それはすなわちミスが出やすい、危ない展開といえます。盤上がとても綺麗な形だと、それまでの対局での経験から“ここはこう指すものだよね”という大局観が働きやすくなります。しかし駒がイレギュラーな配置になって局面が複雑化していくと、感覚で指せる範囲を超えて、一手一手を正確かつ無骨に読まなければならない。先ほど挙げた73手目の「2三桂」は自分が対局者の立場なら“これがミスになるのか?”というレベルの小さなミスが起きた。
タイトルを藤井新名人に奪われ続けるつらさ
渡辺前名人はこのあたりの判断がピカイチで速く正確でうまい。もっと言えば“読まなくても判断できる”のが強みです。しかし感想戦のコメントを振り返ると、渡辺前名人が今一つだと第一感で感じていたところに対して、藤井新名人は先の展開を読んでいたようです。第1局でもそうでしたが、その水面下での読みで藤井新名人がわずかに勝ったのかなとなります。