この「細い攻め」とは、手番が切れないように少ない駒の中で攻めていくことなのですが、実際に自分1人の力で進めてみると……細いと表現する通り、攻めが切れやすくなる。そのため、少しでも間違えるとまったく駄目な将棋、大差負けを喫してしまうケースが多いのです。しかし渡辺前名人は攻めの糸が切れないように、大切に1枚1枚の駒を最大限効率よく使っていくような将棋を見せてくる。その効率を考えるのが非常にお上手なのだと思います。

　話がつながるかわからないですが……渡辺前名人は盤上を離れても、調べ物であったり事務作業もすごくテキパキとやられるそうで、誰に聞いても「渡辺先生はそういった能力も高いよね」と話します。スパッとした棋風は普段の性格にもリンクしているのかもしれません。

トップ棋士像、ファンとの距離感を変えた第一人者

　盤外の話でいえば、渡辺前名人の登場によって、トップ棋士像や棋士とファンとの距離感が変わったことも挙げたいと思います。2005年から「渡辺明ブログ」を運営されていて、約20年間にわたって更新し続けていますし、ツイッターについても対局内容の率直な感想、さらに日常で起きた面白いことを投稿されています。先日も名人戦後、藤井棋聖と佐々木大地七段の棋聖戦第1局がベトナムで行われた際、パリでの竜王戦前日に競馬へと赴いたことを明かすなど面白い裏話がよく出てきますね（笑）。

　そういった渡辺前名人の発信力は、各棋士にも浸透したのかなと感じます。佐藤天彦九段や羽生先生に勝又清和先生、最近では豊島九段もツイッターを始めるなど、世代を問わず将棋内容について投稿したり、僭越ながら私もYouTubeチャンネルを開設しています。そういった相互交流がしやすい環境を将棋界に作った嚆矢として、渡辺前名人の存在は非常に大きいものなのだなと。競馬、野球、サッカー、カーリングとスポーツを筆頭に趣味の幅が非常に広い一方で、“棋士なら将棋を勉強をするのは当たり前、むしろ圧倒的に取り組まなければ”といった姿勢を語られていたり、将棋の勉強についてビシッと時間を決めて取り組まれているようです。そういったオンとオフの切り替え力もまた、渡辺前名人の魅力なのだと感じます。

　……と、このように語ってきましたが、今期の順位戦A級では渡辺前名人と対局することが決まりました。公式戦での私との対局は1勝2敗だそうなのですが……一言でいうなら、大変な対局になることが間違いないなと（苦笑）。とはいえ藤井聡太新名人戦を筆頭に、各タイトル戦で見せてきた素晴らしい将棋に負けないよう、私も研鑽に励んでいければと。

＜#1からつづく＞

#1から読む

藤井聡太七冠20歳、“無限の32手先”を読む107分の衝撃「藤井新名人は一番難しい中盤で誰よりも…」タイトル経験者も驚きを隠せず

記事内で紹介できなかった写真が多数ございます。こちらよりぜひご覧ください。