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「藤井聡太名人に4勝20敗は“偏っている”」渡辺明前名人39歳も大棋士…“2つの天才性”を中村太地八段が語る「パッと見で瞬間ピピッと」 

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中村太地

中村太地Taichi Nakamura

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photograph byKeiji Ishikawa

posted2023/06/10 11:01

「藤井聡太名人に4勝20敗は“偏っている”」渡辺明前名人39歳も大棋士…“2つの天才性”を中村太地八段が語る「パッと見で瞬間ピピッと」<Number Web> photograph by Keiji Ishikawa

渡辺明前名人はここ数年、藤井聡太新名人と激闘を繰り広げた。その“渡辺将棋”のすごみとは?

 渡辺前名人は中学生で棋士になられて、初代の永世竜王さらに永世棋王にもなり、名人も3期獲得された。記録としても大きな足跡ですが、それとともに強調したいのは「将棋の価値観を変えた第一人者」である点です。

 後手番での「角換わり」の定跡、穴熊の戦い方の思考を進めたことが現代将棋につながっていると感じます。渡辺前名人がそこを重視したのはAIが登場する少し前の時代なのですが、その当時だと将棋の価値観を変えることは――例えば「藤井システム」(※藤井猛九段が考案した振り飛車・四間飛車の独自戦型。藤井九段はこの戦型を駆使して竜王位を獲得した)がその代表例ですが、そういった新たな観点を将棋界全体に浸透させることは、とても大変だからこそ大きなインパクトがありました。

 渡辺前名人が20歳で初めて竜王を獲得された時、私は奨励会員でBSのテレビ放送でその瞬間を見た記憶が今も残っています。渡辺前名人の姿は奨励会で修業を積んでいた私たちに大きな影響を与えたことは間違いありません。ものすごくスパッと切るような将棋を繰り広げていて、非常に先が見えているなと感じましたし、当時の将棋界は羽生善治先生、森内俊之先生、佐藤康光先生といった「羽生世代」がタイトル争いを繰り広げながら下の世代にとって高い壁として立ちはだかっていた構図でした。そこに対して1人で切り込み、実際に風穴を開けていった印象です。

パッと見た瞬間にピピッと決めるんです

 また私が四段に昇段して以降は、渡辺前名人が高い壁として君臨するという感覚でした。先ほど挙げたタイトル戦での成績が示す通り、私を含めた下の世代――佐藤天彦九段、豊島将之九段、糸谷哲郎八段らが挑んでも跳ね返されていく構図が続きました。世代論的な話になりますが、39歳の渡辺前名人は1人で将棋界の勢力図を変えた、といっても過言ではないかと。

 先ほども少し触れましたが、渡辺前名人最大の強みは「判断能力の鋭さ」です。渡辺前名人の解説を見られた方なら想像がつくかと思いますが、「この形はいい、この形は駄目」という状況を――誇張でもなんでもなく、パッと見た瞬間にピピッと決めるんですよね(笑)。たとえるなら……陶芸家が自分の造った作品の出来を見る際だったり、鑑定家が真贋を見抜く際に一瞬で見極める人がいますよね。渡辺前名人はそれが十中八九、間違いなく言い当てられるようなイメージです。

「非常に秀でている細い攻め」のセンスとは

 さらにもう1つ、渡辺前名人の特徴として「細い攻め」のセンスが非常に秀でているのです。

【次ページ】 トップ棋士像、ファンとの距離感を変えた第一人者

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