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「通用するはずがない」26歳の日本人が“年俸980万円”でメジャー挑戦…28年前、“人気急落”のアメリカ野球を救った野茂英雄の伝説
text by
太田俊明Toshiaki Ota
photograph byKazuaki Nishiyama
posted2023/05/04 11:02
日本での安定した地位を捨て、自分の力を試す道を選んだ無口な若者が、アメリカ野球の救世主になった(写真はイメージ)
「年俸980万円」を選んだ
とはいえ、メジャーははるかにレベルが高いと考えられていて、日本での成功を捨ててメジャーに挑戦する選手はそれまで現れなかった。野茂がロサンゼルス・ドジャースと契約した後も、ほとんどの評論家は「通用するはずがない」と、野茂の挑戦を冷ややかな目で見ていた。野茂の年俸はメジャー最低保証の10万ドル(当時のレートで約980万円)。近鉄時代の推定1億4000万円から大幅な減額になっての挑戦だった。
全米に「トルネード旋風」
日本球界から石もて追われるようにアメリカに渡った野茂だったが、マイナー契約から実力で開幕メジャーを勝ち取り、ドジャースの1年目に13勝6敗、防御率2.54、奪三振236という圧巻の成績を収め、新人王も獲得。オールスターの先発という夢のような舞台まで経験した。
メジャーで旋風を起こす野茂を日本の野球ファンは熱狂的に応援し、日本野球を知らなかった米国の野球関係者は「パ・リーグの6球団にはどこも、野茂に匹敵する投手が二人はいるよ」という千葉ロッテマリーンズのボビー・バレンタイン監督の証言に驚愕した(ロサンゼルス・タイムズ1995年7月31日)。
野茂は、日本での5年間よりはるかに長い12シーズンをアメリカでプレー。通算123勝109敗、1918奪三振、防御率4.24の成績を残し、2度のノーヒット・ノーランまで達成した。
山本由伸と比較すると…
さて、いよいよ当企画の昭和後期以降の現チャンピオンである山本由伸(オリックス)と野茂の勝負である。
野茂の日本プロ野球でのベストシーズンは、近鉄入団初年度で、投手4冠を達成して沢村賞を受賞した1990年になる。この年の成績と、山本のベストシーズンである2021年の成績を比較すると以下のようになる(赤字はリーグ最高、太字は生涯自己最高)。
【1990年の野茂】登板29、完投21、完封2、勝敗18-8、勝率.692、投球回235.0、被安打167、奪三振287、与四球109、防御率2.91、WHIP1.17
【2021年の山本】登板26、完投6、完封4、勝敗18-5、勝率.783、投球回193.2、被安打124、奪三振206、与四球40、防御率1.39、WHIP0.85
野茂は、完投数、投球回で大きく山本をリードしているが、これは時代による差が大きい。当企画で重視している「打者圧倒度」――1試合あたりの被安打数、9イニングあたりの奪三振率、防御率、WHIP(投球回あたり与四球・被安打数の合計)を見てみたい。
1試合当たりの被安打数は、野茂の6.40に対して、山本5.76と山本リード。一方、奪三振数は野茂が勝り、9イニング当たりの奪三振率も、野茂10.99、山本9.57と凌駕。さすがは“ドクターK”である。