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5年前、藤井聡太の台頭に渡辺明は「上の世代が粘らないと面白くならない」…名人戦取材記者が“あの日の言葉”を思い出した浮月楼の夜
text by
いしかわごうGo Ishikawa
photograph byNumber Web
posted2023/05/02 17:03
藤井聡太竜王が2連勝を飾った第81期名人戦七番勝負。「上の世代が粘らないと面白くならない」と語っていた渡辺明名人の逆襲はあるのか
20歳での竜王位獲得以来、トップ棋士として最前線を走り続けていることへの自負をのぞかせつつも、いずれ下の世代が迫ってくるであろうこと、さらには抜かれることも、将棋界の宿命として受け入れているように聞こえたのだ。現実的な考え方をする彼らしい言葉だと感じたし、実に“正直な人”だという印象を受けた。
5年前といえば、藤井フィーバーが少し落ち着いてきた時期になる。驚くべき強さで将棋界を席巻する新時代の天才とのタイトル戦を視野に入れて、こんなことも口にしていた。
「藤井聡太七段(当時)とも、いつか対戦するんでしょうね。彼も最初は挑んでいく立場なわけですが、上の世代が粘らないと勝負として面白くならないですから。『ストレートでタイトルを奪取されました』では盛り上がらないので、そこの見せ場は作りたいという思いはありますよ」
このインタビューの2年後の2020年。渡辺明は、悲願でもあった名人位のタイトルを獲得した。
個人的な話になるが、欧州サッカーフリークの渡辺名人とは、数年前からフットサルを通じて交流を持たせてもらっている。2020年の名人位獲得時の夜にお祝いのLINEを送ったところ、数え切れない数の祝福が届いたであろう中、律儀に返信してくれた。「自分には縁がないと思っていた」という名人位を獲得した喜びは、やはり格別の様子であった。
そこから現在まで名人位を防衛し、棋士として最も充実した時期を過ごす中で迎えた2023年、ついに藤井聡太が名人戦の挑戦者として現れた。それも単に「勢いに乗る挑戦者」ではなく、六冠というタイトルホルダーの立場で。
ただ、渡辺名人のかつての言葉を借りれば、これは上の世代として粘らなくてはいけない勝負でもある。数年前から予想していたであろう舞台で、名人が盤上に刻む意地をしっかり見届けたいと思った。
一時は「名人有利」に傾きかけるも…勝負の分かれ目は?
△3四金と、渡辺名人が力強く、前に出て受けた50手目。
藤井竜王の角を引かせることに成功し、AIによる評価値はわずかながら「名人有利」に傾きかけていた。
当の名人は「仕方のないところかと思ったんですけど、うーん……。常に苦労が多い展開かなと思っていました」と局面を振り返っている。当然ながらまだまだ難解で、見通しに自信はなかったようだ。
一方の藤井竜王も読みに誤算が生じたことで、必死にもがいていた。
▲1三角成の成否がわからず、角を引かざるを得なくなったことで方針転換を余儀なくされていたのだ。次の瞬間、攻防地点とは逆サイドの9筋の歩を進めて香車を取りに手を伸ばしていき、現地の大盤解説や中継の解説をしていた棋士たちを驚かせている。変幻自在の指し回しに、この辺りから解説陣の読みが当たらない展開が増えていった。