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終局後、渡辺明名人と藤井聡太竜王は苦しそうに言葉を絞り出し…「名人に定跡なし」を体現、現地取材記者が見た“難解すぎる名人戦第2局”
posted2023/05/02 17:02
text by
いしかわごうGo Ishikawa
photograph by
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勝負は決した。
静岡県静岡市の「浮月楼」で行われた名人戦第2局。4月28日の19時51分、2日間にわたる激闘は、挑戦者の勝利で幕を下ろした。
終局と同時に、報道陣は対局場への入室を許される。
待機場所となっている浮月楼の本館を出て、庭園の橋を渡り対局場へと向かう。伝統ある名人戦という特殊な空間に足を踏み入れる瞬間、記者として味わったことのない緊張感に襲われた。
対局直後の盤上に残った「激闘の余熱」
入室すると左に藤井聡太竜王、右に渡辺明名人の姿があった。
将棋盤を挟んだ両者は、じっとうつむいている。激闘を終えてなお、対局場には形容しがたい緊張感が漂っていた。
筆者が日頃取材しているサッカーという競技は、約105m×約68mという広大なフィールドで選手が複雑に動き回る”動”のアウトドアのゲームだ。一方で、将棋は約36cm×約33cmの将棋盤の上に駒が整然と並ぶ”静”のインドアゲームである。
だが試合後のピッチがそうであるように、数十万人が視線を注いでいたその盤上にも、激しい戦いの熱はまだ残っているようにも見えた。
入室した記者陣は、将棋盤の傍に、次々にICレコーダーを置いていく。
多くのカメラマンが渡辺名人の背中側に回っていた。勝者である藤井竜王の表情を正面から撮り続けるためだ。筆者は渡辺名人の表情を観察したかったので、その斜め向かいから見守ることにした。カメラのシャッター音が響く中、代表質問による藤井竜王へのインタビューが始まった。
「あっ、はい。うーん……」
最初の質問で、序盤の駒組みの構想を尋ねられた勝者は、顎のあたりに手を当てて数秒間、沈黙した。そして「△5四歩と突かれて、なんというか……」と慎重に言葉を紡いでいく。その間、渡辺名人は微動だにせず、じっと下を向いて何かを考えているように見えた。