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甲子園の風BACK NUMBER
「あいつにはいろんな言葉をかけました」今永昇太を高校で指導、恩師が振り返る“110km左腕が2年で142kmを投げるまで”「トルネードに変えてみたり…」
text by
内田勝治Katsuharu Uchida
photograph byHideki Sugiyama
posted2023/03/01 11:00
WBCでは第2先発として正念場での登板も予想される今永昇太。DeNAのエースである“投げる哲学者”はどのようにして現在の境地にたどり着いたのか
「ああ、信号待ちしている時にたまたま投げているところを見かけたことはありますよ。身長はそんなに大きくはないけど、フォームがきれいな左ピッチャーでした」
その言葉が、北筑の推薦入学への後押しとなった。
「あの時、今永を見ていなかったら『知らない』って答えていたと思うんですよ。見たのも信号待ちの間だけだから1、2球だったと思います。フォームがきれいだったから、印象には残っていました」
推薦組の中で一番体力がありませんでした
2009年。今永の入学当時は副部長だった井上さんも「投げ方が凄くきれいな子でした」と、田中さんと同じ第一印象を持った。
「飲み込みも凄くいいし、少し言えばすぐ吸収して、ちゃんと自分で理解して表現できるような選手でした」
ただ、高校入学時は「身長165センチ、体重も58キロくらい」(田中さん)と線も細く、基礎体力もなかった。推薦組の練習を見ていた田中さんは振り返る。
「基礎トレーニングをやっても、推薦組の中で一番体力がありませんでした。腕立て伏せ10回もできなかったと思います。足もそんなに速くないし、肩がもの凄く強いわけでもない。こりゃちょっと時間かかるかな、っていう感じですね」
直球は110キロ、でも投げさせたら三振が取れる
それでも、キャッチボールをやらせると、明らかに他の選手よりも目立った。ムチのようにしなる左腕から放たれたボールは、糸を引くように相手のグラブへ収まる。
「ボールが凄く伸びるんですよ。直球は110キロくらいしか出ないけど、投げさせたら三振が取れる。初速と終速の差がそんなにないんだろうなと思いました」
Bチームの練習試合中に足を負傷し、1年夏の県大会でのベンチ入りこそ叶わなかったが、秋には背番号10ながらエース格として試合に登板した。
後半になるとスタミナが切れて…
新チームで副部長から監督となった井上さんは、当時の今永について「まだ体ができておらず、華奢な感じだった」と印象を語る。