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“平成のKOキング”坂本博之はなぜ畑山隆則に敗れ、何を学んだのか?「自分を怪物だと思っていた」22年前、伝説の日本人対決の真実
text by
田中耕Koh Tanaka
photograph byKoh Tanaka
posted2022/12/16 17:00
2000年、WBA世界ライト級タイトルマッチの調印式。坂本博之(右)が王者・畑山隆則に挑んだ一戦は、日本ボクシング史に残る名勝負となった
勝者の畑山は「己の弱さ」を認めていた
一方の畑山は試合前から冷静沈着に自分と相手を分析していた。当時、筆者の取材にこう答えている。
「僕はパンチが弱いんです。坂本選手はパンチが強いんです。僕はアゴが弱いんです。坂本選手はアゴが強いんです。だから、勝てるんです」
その言葉の意味は、試合内容で明らかになった。 当時、畑山は0.1秒で6ケタの数字を読み取る動体視力テストでプロ野球選手並みの数値を叩き出しており、接近戦の連打は一級品だった。自身はガードを固め、防御が甘いデトロイトスタイルの坂本に、足を使って的確にパンチを繰り出していった。試合は畑山の読み通りの展開となり、みごと勝利を手繰り寄せたのだ。
「畑山は自分の強みだけでなく弱さも認めて、しっかりとガードを上げて勝負に徹していた。己の弱い部分を受け入れて戦うことの素晴らしさと、それこそが勝負師としての強さだということを、あの拳から教わりました」
坂本は常日頃から「人生には光と影がある」と語る。至福の時間もあれば、耐えがたいほどの苦痛を味わう時もある。それでも光を表にしたいのであれば、正視したくない悪い時の自分、弱い自分という影と対峙し、どう受け入れるのかが重要だと、畑山との決戦から学んだ。
ただ、今こうして敗北を受け入れ、その価値を理解できるのも、畑山との試合だけを経験したからではなかった。15年間のプロ生活の中には、坂本にとって魂を抜き取られるに等しい一戦があった。それは、これまで自身が定義していた“負け”の意味を大きく変えるものだった。
<#2、#3へ続く>
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