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「ヒロユキ、中学のわりには強いのお」不屈のボクサー・坂本博之の生き方を決定づけた“最初で最後の腕相撲”「俺の本当のオヤジだ…」

posted2022/12/16 17:02

 
「ヒロユキ、中学のわりには強いのお」不屈のボクサー・坂本博之の生き方を決定づけた“最初で最後の腕相撲”「俺の本当のオヤジだ…」<Number Web> photograph by Number Web

自身が会長を務めるSRSボクシングジムの前で。坂本博之にとって忘れがたい「最初の1敗」は、父との腕相撲で味わったものだった

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田中耕

田中耕Koh Tanaka

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坂本博之が喫した数ある“敗北”の中で、今も網膜に焼き付いて離れない一戦がある。それはリングでの試合ではない。中学1年生の夏、初めてその存在を知った父との勝負だった。15 年間プロボクサーを続けられたことも、ライフワークとなった全国の児童養護施設での支援活動も、すべてはそこから始まっていた。インタビュー後編では、平成のKOキングの情熱の源泉を解き明かしていく。(全3回の3回目/#1#2へ)※文中敬称略

 物心つく前に既に両親が離婚し、母に引き取られた坂本にとって、父は存在しないも同然の人間だった。だが中学1年生の8月、故郷の福岡県川崎町の盆踊りに行った時、母から突然、父を紹介された。あまりにも急なことで、何を話していいのかもわからない。“初対面”では声が出なかったが、翌日、父と2人きりで喫茶店で待ち合わせた。

 テーブルを挟んで、親子が向かい合って座る。打ち解けた雰囲気など望むべくもない。

「元気かあ?」

「ああ……」

 言葉が続かない。沈黙の後、父が頭を下げた。

「ごめんなあ、ヒロユキ……」 

 父はオヤジとして何もできなかったことを謝っている。自分と弟を見捨てた目の前の男に文句を言うつもりだったが、真っ黒に日焼けした顔や、がっちりした体格が自分とそっくりだった。 

「初めて会ったけど、僕も他人という気がしなくなっていた」 

渾身の力を込めても、父の右腕は微動だにしなかった

 その頃から腕力には自信があった。中学校の柔道部の先生と腕相撲をやっても負けたことがなかった。 

「ちょっとオヤジをビックリさせてやろう」 

 坂本少年は得意げに鼻を鳴らし、勝負を持ちかけた。

「腕相撲、やろっか?」

 テーブルにヒジを付けてガッチリと手を合わせる。  

「レディ、ゴー!」

  渾身の力を込めた。歯を食いしばり、腹の底から唸っても、父の右腕はピクリともしない。 

「ヒロユキ、中学のわりには強いのお」 

 父はニヤリと笑った。 経験したことがない強さだった。

「あれで確信したね。これは俺の本当のオヤジだと。うれしかったですよ。負けたんだけど、すごくうれしかった。『オヤジって強えなあ』というのを味わいたかったから……」 

 しかし、このわずかな時間が、父との最初で最後の対話になってしまった。

【次ページ】 「オヤジに負けた、人生最初の1敗」から学んだこと

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