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優勝経験ゼロの宮城、福島、滋賀…甲子園は“異例のベスト4”だった これは「地方の逆襲」なのか? 仙台育英が見せた、新しい勝ち方
text by
氏原英明Hideaki Ujihara
photograph byJMPA
posted2022/08/25 17:55
「青春は密」須江航監督の優勝スピーチを聞いて、感極まる仙台育英ナイン。東北勢初の夏の甲子園優勝を果たした
今大会の仙台育英の優勝に不可欠だった要素として投手力の充実がある。投手陣5人で大会に挑み、どの投手もストレートの最速が140キロを超えた。レベルの高い投手陣を形成できたため、決勝戦で先発した斎藤蓉は中3日のフレッシュな状態でマウンドに上がることができた。
これは過去にもほとんどなかった例だ。聖光学院のエース・佐山未来のように、ベスト4進出校には球数制限ギリギリ(1週間で500球)まで到達した選手がいた。一方で、仙台育英の投手陣は決勝まで200球にすら達した投手がいなかったのだ。優勝投手になった高橋煌稀は準決勝にも先発しているが、大差がつくと2回限りで降板している。決勝戦を意識した思い切った采配だった。イニングを食える投手が他にいたため、斎藤蓉、高橋、古川翼といった中心の3投手が決勝戦でもピンピンしていた。このことは間違いなく優勝に欠かせなかった。
仙台育英の須江航監督はこう語っている。
「初戦を終えて一番安定しているピッチャーは誰と言われたら高橋だった。そして一番ボールにキレがあり、威力があるのが斎藤蓉だった。そして一番経験が豊富なのが古川翼。この3人を軸にどう回していくかっていうことを考えていました。そして、有利な展開やイニングを送ってほしい展開の時は湯田(統真)と仁田(陽翔)が備えていると言う形にしていました。本当にそれぞれの投手ができることに注力してくれて、背伸びすることなく持てるものを出してくれた。これぐらい投げてほしいなっていうのを全部やってくれた」
じつに10人以上…「140キロ投手」のつくり方
これだけの投手陣を形成していると、それだけ「素材がいい」のだと言うやっかみが聞こえてきそうだが、内情は違う。実は仙台育英にはベンチ内・外含めて10人を超える「140キロ投手」がいるのだ。
まさに「育成法」がいいのだ。その点を指揮官の須江監督に尋ねてみると、相当な組織力の高さを窺わせた。
「まず育成に関しては『餅は餅屋だ』という感覚を持つことが大事だと思います。僕はピッチャーを育てることにすごくこだわりを持って中学校・高校と指導してきたんですけど、とはいえ、所詮、野手出身です。だからうちはドクターやPT(理学療法士)、鍼灸師、トレーナー、様々な方々とメディカルチームみたいなのを組んで、選手の状態をチェックしながら、筋力など様々な数値を測定して必要な練習を“個人別”にオーダーしています。
投げないと覚えないこともあるので、そこは出力の問題だと思っています。10割で投げ続けることは無理だと思うんですけど、5、6割で投げて覚えていくこともあると思います。練習試合では大体1カ月ぐらい先までローテーションを決め、そこに合わせて個人が調整していくというやり方なんです。様々な場面を想定しながら連投にはならないように神経を使っています」
「一律指導」ではうまく育たない
昨今は投手育成に関して、専門家が活躍する場が広まった。
これにはSNSの普及が一役買っていて、チームの指導者が専門家の発信する最新情報をしっかりとキャッチしているかどうかで育成に差が生まれている。選手個人で、そうしたパーソナルトレーナーや野球塾の門を叩くケースも少なくないという。
さらにラプソードやモータスといった選手の能力を可視化する機器が高校生レベルでも一般的になっている。数値が示しているのは「一律指導」ではうまく選手が育たないと言う事実だ。