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あの5打席連続敬遠から30年…星稜・松井秀喜から逃げなかった3人の高校生が明かす“真っ向勝負”「監督が敬遠しろって言ってます」 

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日比野恭三

日比野恭三Kyozo Hibino

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photograph byKoji Asakura

posted2022/08/15 17:02

あの5打席連続敬遠から30年…星稜・松井秀喜から逃げなかった3人の高校生が明かす“真っ向勝負”「監督が敬遠しろって言ってます」<Number Web> photograph by Koji Asakura

あの5打席連続敬遠が起こる前、星稜・松井秀喜に挑んだ3人のピッチャーが30年前の真っ向勝負を振り返った

 翌29日の決勝で星稜と激突した金市工の岸秀幸と松井の接点は多い。小、中と1度ずつ対戦し、高校では4試合を戦った。

 金市工は73年夏を最後に甲子園から遠ざかっていたが、岸という柱を得て県下に台頭し、星稜を脅かした。

 岸は166cmと小柄な左腕で、真っすぐはせいぜい130km。内角直球を見せて外角に変化球の配球を、対左打者には貫いた。

 高校2度目の対戦、2年夏の準々決勝で、岸の心にある打者松井の輪郭は明瞭になる。

 2年生左腕は「なぜか絶好調」、9回2アウトの試合終了直前まで松井以外に許した2安打のみに抑えていた。3-0とリードし、走者もいない。大金星は目前。そこに松井の打順がめぐる。岸は明かす。

「打たれてもホームランでいいやと思って」

 金市工は貧打のチームで、「たとえば松井に1本2本打たれた瞬間に勝機はいっきに薄れてしまう」。外角勝負に徹したのも一発のリスクを最小限にとどめるためだ。

 だが3点の余裕が何かを狂わせた。なぜか打たれる前提で先を見ていた。

「4、5、6の誰か一人でアウトを取れればいい。どうせ打たれるんならホームランで、気持ちよくランナーなしでスタートしたほうがいいねって。そういう発想でした」

 松井は痛烈な打球をライト前に飛ばした。ほころびの始まりだった。安打と失策が重なり、瞬く間に同点。延長16回、サヨナラスクイズで星稜が生き残った。

「最後の夏は力勝負でした」

 3年春の準決勝では金市工が勝っている。終盤に3点を先制し2点を返されるも、最終回、松井にまわる前にゲームは閉じた。

 春の結果を反映した夏のシードで、星稜とは決勝まで当たらない。ベスト8、ベスト4、準優勝と季節ごとに階段を昇った金市工は「決勝で星稜を倒して甲子園」を明確な目標とし、その舞台までたどり着いた。

 2年生の捕手は、左打席に松井を迎えて内角にミットを構えた。岸はうなずく。

「最後の夏は力勝負でした。インコースの真っすぐ中心で、しかも低めじゃなくバットに近いところを狙った。見せ球にしていたこれまでとは、まったく逆のパターンで」

 3打数2安打1四球。伝令が飛んできたのは5回の第3打席、2アウト二塁の場面だった。2回に2点を先制されており、これ以上の失点は致命傷だ。「監督が敬遠しろって言ってます」。伝言は簡潔だった。

 だがマウンドに集った内野陣は耳を貸さず、「ここは勝負」と連呼した。岸は黙ってその声を聞いた。松井の奥に戻った捕手は立ち上がらない。2球目の変化球は金属音とともにライト前へ弾き返された。

「自分たちの野球なので、仲間がそう声をかけてくれるなら、ここで逃げるのは何か違う。打たれましたけど、みんなの気持ちをくんで投げられたことはすごくよかった」

 0-6で敗れた。悔し涙は流れなかった。

 試合後、球場のトイレに一塁手が後から入ってきた。「3年間、お前と一緒に野球できて楽しかったわ、ありがとう」。背後から不意に言われ、そこではじめて泣いた。

【次ページ】 甲子園1回戦で対戦した長岡向陵の竹内

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