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「ノーヒットノーランやっちゃえよ」松坂「あーあ、言っちゃった」甲子園決勝ノーノー寸前で起きた“事件”「本当に打たれたくないと思ったのは…」
posted2022/08/22 06:02
text by
鈴木忠平Tadahira Suzuki
photograph by
NIKKAN SPORTS/AFLO
東京六大学野球の審判として間近で江川卓の投球も裁いてきた一塁塁審・清水幹裕の回想から本記事はスタートする。
(初出:『Sports Graphic Number』959号、2018年8月16日発売。肩書などすべて当時)<全2回の後編/前編は#1へ>
《江川と松坂くんの違いはコントロールです。江川はね、最初の1球、わざと外にボール1個分外すんです。それでボールと判定すると、『えっ?』という顔をする。審判も人間だから、江川にそうされると、ドキッとするわけです。大丈夫だったか、と。そして、次はボール半個分、近づけてくる。厳密にはまだボール球なんですけど、『ストライク』と言ってしまう。そうやって大人と駆け引きするんです。だから憎たらしい(笑)。でも、松坂くんはそういう制球力はないから、少々の判定なんて気にしないんです。明るくて、可愛いんです》
松坂には敵味方を問わず、包み込んでしまう不思議な力があった。怪物には付きものの、才能ゆえの孤独感がなかった。
《でも、だからって、あれをファウルと判定したわけじゃない。審判というのはそんなことやろうと思ってもできない人種なんです。あくまで3cm外に見えたからです》
毎年、1月15日になると、清水は動くものを見始める。空を飛ぶ鳥を視線でとらえ、駅のホームに立って猛スピードで通り過ぎる電車を目だけで追う。自分の目だけが判定の根拠だと信じる審判の矜持である。
ただ、なぜ、神のみぞ知るような打球が自分には3cm外れて見えたのか。それについては、あの日の甲子園を包んでいた空気が影響したのかもしれないと思っている。
《あの日はもう、どちらの側でもない人はみんな横浜を応援するという雰囲気でした。そういうのはあるかもしれないです》
球審は「京都成章を応援する気持ちでやっていました」
球審の岡本良一も、松坂が球場すべてを、対戦相手さえ惹きつけていってしまうような、不思議な空気を感じていた。
《試合前、整列した時に感じたんです。ああ、京都成章の選手たちは松坂くんと対戦できることで、どこかで満たされているんじゃないかな、と。私も夏の決勝で球審をやることになって、いい試合にしなきゃという重圧があったんですけど、松坂くんには『少々、間違えても、彼ならきちっとやってくれる』という安心感があった。だから、『この投手を打てば、ヒーローになれるぞ。もっと成長できるぞ。打ってや』と、京都成章を応援する気持ちでやっていました》