《松坂は本当にすごい投手なんですけど、あくまで横浜高校というチームの中に松坂がいるように見えるんです。打つ人がいて、守る人がいる。みんなに役割があって、松坂はその中の大きな1つのピースなんです》

お前がそんなことでどうする！

　9回1死。澤井の打球が、またサードへ飛んできた。大記録の重圧を感じていた齊藤はこれを弾いてしまう。慌てて拾って、一塁へ。間一髪で間に合った。

　バツが悪そうにエースへ向かって帽子を取った齊藤は、その瞬間の松坂の表情を今でも覚えている。

《笑っていましたね。『お前なあ……』っていう感じはありましたけど（笑）》

©Masakazu Watanabe/AFLO

　思えば松坂はいつも笑っていた。齊藤は守備力で、苛烈な横浜高校のメンバー争いに生き残ってきた。そんな守りの人でも3年間で多くのエラーをしたのだが、松坂が怒ったのは後にも先にも一度きりだった。

　春のセンバツ優勝後、どしゃ降りの招待試合だった。仲間たちがミスを連発する中、ついに齊藤まで失策した。すると、松坂がもの凄い形相で、怒鳴ったのだ。

「お前がそんなことでどうする！」

　なぜ、あの時だけ松坂は怒ったのだろうか。齊藤は今なら何となくわかる気がする。

この期に及んでも、松坂はまだ奇跡を信じていない

《あの時、僕らは浮かれていて、その空気が危ない、と松坂は察したんでしょうね。チームのことを考えるんです。あの決勝戦でも8回にマウンドへ集まった時、ショートの佐藤勉が『ノーヒットノーランやっちゃえよ』って言ったんです。みんなわかって黙っていたのに……。でも、松坂が『あーあ、言っちゃった』って笑いにしてくれた。正直、7回くらいから自分のところに飛んでこないでくれと思うほどの重圧がかかっていたんですが、僕はあの松坂の言葉で少し楽になったんです》

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