あの打球はやはり3cm、外だった、と

　そして、松坂の速球をとらえた「あの1球」を思い返すことはあっても、ヒットだったら、という未練は見当たらないのだ。

《なぜですかねえ……。言葉にするのが難しいんですが、あの打球がアウトになって、ノーヒットノーランにつながっていったのは、ある種、必然だったというか……、そんな気がするんです》

　清水と岡本は、決勝戦の後、新大阪駅地下で赤のれんをくぐった。およそ20日間、酒を禁じて、炎天下の甲子園に立ち続けた審判員が解放される瞬間だ。

《清水さん、しかし、あの打球は際どかったですねえ》

　グラスを合わせながら、岡本が言った。

　清水は久しぶりのビールが全身にしみわたっていくのを感じながら、思った。

　あの打球はやはり3cm、外だった、と。

だから、あれは澤井のおかげなんです

　それぞれが、ノーヒットノーランの分岐点となる1球を目撃し、体感しながらも、その不思議な偶然をまるで必然だったかのように思っている。まるで松坂が導いたかのようにとらえている。

　そう思っていないのは松坂だけだ。相変わらず、自分は、あくまで夢のような物語の登場人物の1人なのだと、考えている。

「もし、あの1球がなくて、あの時の気持ちのまま、ひと回りくらい抑えてしまっていたら、僕はおそらく打たれていました。だから、あれは澤井のおかげなんです」

　観る者も、裁く者も、敗れた者の心にさえ爪をたてないノーヒットノーラン。それこそが奇跡なのではないだろうか。

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「あの1球で僕は目が覚めた」甲子園決勝ノーヒットノーランの松坂大輔が「間違いなくヒットだ」と思った“1回表の2球目”