- #1
- #2
Sports Graphic Number MoreBACK NUMBER
金足農ナインの表情が…近江の監督&選手が感じた“不気味さ”「現代野球で考えられます?」「なんでそんなに余裕なんかなって」
text by
中村計Kei Nakamura
photograph byBUNGEISHUNJU
posted2022/08/18 17:01
2018年夏の甲子園で準優勝。“カナノウ旋風”を巻き起こした金足農ナイン
甲子園の印象のみだと、金足農業は日頃から、さぞかし自由な気風の野球部なのではないかと思われるかもしれない。だが、実際は、まったく逆だ。ミスをしても「ドンマイ」の掛け声は厳禁。容赦なく責め立てられる。「地獄」と称される冬合宿では、長靴を履いて雪の坂道を何十本もダッシュするなど、尋常ではない質と量のランメニューでしごかれる。先輩後輩の上下関係も今時の野球部にしては厳しい。練習中、気が緩んでいると「声出し」という、正座したままひたすら声を張り上げ続けなければならないペナルティを科せられる。指導陣も甘い言葉など一切かけない。現代においては「古い」と言われるだろうし、非合理ですらある。
にもかかわらず、なぜ、あんな表情でプレーできたのか。吉田は言う。
「勝ったからですよ。あとは、あの球場の雰囲気ですね。結果が出てなかったら、罵り合ってたと思いますよ」
心の底から楽しむためには、やはり勝たなければならない。そして、勝つためには、普段、逆に自分を追い込まなくてはならない。「エンジョイベースボール」「楽しむ野球」等々、近年はさまざまな表現方法が出てきたが、そこの真理は不変だ。金足農業の方法論は、じつにシンプルだった。
吉田輝星は二度と現れない――
あの夏、吉田は全6試合に登板し、計881球も投じた。おそらくもう二度と、このような一等星は出現しないだろう。
理由は2つある。1つは才能の問題だ。そして、もう1つは制度上の問題である。センバツから適用されるはずだった「500球/週」の他にも、近い将来、おそらく何らかの形で投球量に制限をかけるルールが制定される。少なくとも、吉田ほど投げることはできなくなるに違いない。となれば、あそこまで異様なムードになることもそうないだろう。
吉田輝星は二度と現れない――。そう本人に水を向けると、こう顔を赤らめた。
「そうっすよね、こんな大スターはね」
照れて笑う吉田はマウンド上とは打って変わって、じつにめんこかった。秋田弁で「かわいい」の意味である。