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4年前の甲子園、あの近江戦…金足農・吉田輝星はなぜピンチで笑ったのか? “優勝宣言”した大会前に「もう、引退後のことを考えてたんで」
posted2022/08/18 17:00
text by
中村計Kei Nakamura
photograph by
BUNGEISHUNJU
4年前の夏、公立の農業高校がファンを釘付けにした。大エースの存在、3年生9人だけで戦い抜く異質さ、そしてドラマチックな勝ち上がり方に聖地が沸いた。彼らの一番の魅力は、野球を誰よりも楽しむ姿勢だった。Sports Graphic Number1002号(2020年5月7日発売)の記事『金足農業「“遊び”が生んだ一等星の輝き」』を特別に無料公開します。(全2回の前編/後編へ)
ドキリとした。
この状況で、笑えるものなのか――。
2018年夏、炎天下の阪神甲子園球場に、ひとつの「星」が誕生した。秋田代表・金足農業のエース、吉田輝星である。
甲子園の記者席はバックスタンドの中段にある。そこから観戦していると、肉眼では選手の表情まではわからない。なので時折、双眼鏡を目に当てる。
私のスコアブックに〈笑った〉とのメモ書きが付されているのは8月18日、準々決勝の近江戦だった。
1-2と1点リードされて迎えた9回表、金足農業は、いきなり0アウト一、二塁のピンチを招く。何とか2アウトまでこぎつけたものの、左打席に近江の「9番・ライト」、瀬川将季が入った。調子を落としていたが、前の試合までは5番を任されていた打者だった。金足農業からしたら、ここでの追加点は何としてでも防ぎたいところである。
カナノウ旋風のはじまり
大会はこの日、第14日目を迎えていた。その頃には、この夏の甲子園は、金足農業のためのものになっていた。
近江の主砲、北村恵吾は8回裏のあるシーンで、自分たちの置かれている立場を痛感したという。
「2アウト、ランナー三塁で、バッターが三振したんです。そうしたら、球場全体からため息が聞こえたんです。あのアウェー感はすさまじかった」
「カナノウ旋風」が発生したのは、前日の3回戦だった。金足農業は、優勝候補の横浜高校を相手に、8回表を終えた時点で、2-4とリードを許していた。敗色は濃厚だった。