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「投げたら壊れる」33年前、近鉄リーグ優勝の代償に“加藤哲郎25歳の肩”…激変した“令和の投手起用法”に何を思う?
text by
岡野誠Makoto Okano
photograph bySankei Shimbun
posted2022/05/07 11:05
1989年日本シリーズ、近鉄vs巨人。仰木彬監督と第3戦の勝利投手・加藤哲郎25歳
「キャンプで、1日200球投げるうち150球ぐらいフォークを投げてマスターしました。今は1日でそんなに投げ込まないし、ブルペンに入る日自体も減っていますよね。しかも、球種が増えているから、1日で1つのボールを数えるほどしか投げないでしょ。それで本当にコントロールつくのか疑問はありますね。
試合でピンチになると、投手の心拍数はだいたい120から200くらいまで上がるんですよ。僕は練習で疲れを通り越して投げていたから、力みそうな状況でも平常心で投げられた。投げ込みの利点はたしかにありました」
中2日の好リリーフでマジックが点灯
10月12日、1ゲーム差で首位・西武とのダブルヘッダーを迎える。敵地・西武球場は三塁側やレフト側の一角を除けば、ライオンズファンが陣取っていた。
その雰囲気に飲まれたのか、先発の高柳出己は辻発彦の2ランなどで4点を失い、2回途中でノックアウトされる。しかし、近鉄は6回にブライアントの満塁ホームランで5対5と同点に追い付くと、直後の6回裏から加藤哲が中2日で登板した。
「全然プレッシャーはなかったですね。逆に『かかってこんかい!』という心境でした」
先頭の8番・伊東勤を打ち取った後、9番・辻に四球を与える。しかし、1番・石毛をセカンドゴロ併殺打に仕留めた。7回も2死から4番・清原和博を歩かせたものの、5番・デストラーデをライトフライに打ち取った。持ち前の度胸に加え、加藤哲は頭脳的な投球で人より一歩抜きん出ていた。
「力のある人間は真っ向勝負したらいいですけど、僕はそうじゃないですから。ピッチャーはバッターを選べるんですよ。野手上がりの人間は『四球とヒットは一緒』と言う。でも、全然違いますよ。四球って一塁にしか進まない。バットに当たったら、二塁打も三塁打もホームランもあるわけですよ。だから、いかに四球を上手に使うか。苦手なバッターや調子の良い選手と勝負する必要はない。誰からアウトを取るか常に考えていました」
異様なムードの大一番でも、加藤哲は冷静だった。