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「実技でバレエやヒップホップも教えています」町田樹32歳に聞く“なぜ大学の研究者に?”「動機の1つは女性選手の健康問題でした」
text by
松原孝臣Takaomi Matsubara
photograph byAsami Enomoto
posted2022/04/15 11:01
ソチ五輪5入賞、世界選手権銀メダル獲得など輝かしい成績を残した元フィギュアスケーターの町田樹。32歳になった町田のもとを訪ねた
「コロナ禍になった瞬間は私も対応に慌てました。ダンスの実技を遠隔でやってほしいと言われた時にはさすがに参りました(笑)。『いや、無理でしょ』と心なかでツッコミを入れましたが、それでもなんとか工夫してダンスの知識と技術を伝授しました。
ただでさえ、2020年度以降に入学した学生はコロナ禍で満足のいくキャンパスライフを送れていません。そのような学生の苦労や困難を間近に見てきているので、コロナ禍の影響を受けてしまっている学生には絶対に損をさせたくないんです。ですから、コロナ禍で無理難題を突きつけられても、できうる限り通常通りの教育や研究指導ができるよう手を尽くしたつもりです」
体育教員を目指す学生が多い大学では、中学の学校教育で必修化された「ダンス」も重要な講義だ。「フォークダンスと創作ダンス、リズム系ダンスの3つ」が必要なのだとか。
「私が受け持っているダンスの授業は体育教員を目指している人たち向けの実技授業です。ですからバレエとヒップホップ、フォークダンスの3ジャンルを教えています。私自身、元東京バレエ団プリンシパルの高岸直樹先生に師事して、バレエを本格的に取り組みはじめて7年くらい経ちますし、いまは別にヒップホップも習っています。現在、フィギュアスケートはあまり実践してはおらず、もっぱら陸のダンスを真剣にやっています」
なぜ研究者の道へ進もうと考えたのか?
充実した日々を思わせるが、そもそも町田はなぜ研究者の道へ進もうと考えたのか。選択肢はいくつもあっただろう。すると、「それだけが動機ではないけれど、例えば1つの大きな動機」としてあげたのは、女性アスリートの問題だった。
「私が現役だった頃、周りにもそういう女性アスリートが多かった。ですから、自分ごととして捉えていました」
今日、女性アスリートの「三主徴」(エネルギー不足、無月経、骨粗鬆症)が深刻な問題になっている。現役選手を含む、多くの女性アスリートが声をあげるようになった。それはフィギュアスケート界でも同様だ。摂食障害に苦しんだ選手ももちろんいるし、現役の多くのスケーターにとって、今なお無縁ではない状況がある。
「女性アスリートの問題というのは、つまり“エネルギー不足に陥っていること”が諸悪の根源です。過度のダイエットをせずにしっかり食べることができれば、無月経であったり骨粗しょう症は起こらない。でも、食べられない状況に追い込まれている問題があるわけです。そのため、医学的なアプローチだけでは女性アスリートの三主徴問題は解決しません。なぜそういう状況に追い込まれているのかを、コーチング学やスポーツマネジメントなどの観点も交えながら多角的に追究していく必要があります。
コーチから『1日にこれしか食べてはいけません』というような指導がされているのかもしれない。その場合はコーチング学という科学的なアプローチが必要になる。でもコーチ自身、『そんな指導はしたくないけれど、勝つためには必要なんだ』という論理で動いているのかもしれない。だとするならば、今度は競技ルールの見直しが必要になってくる。どうすれば健全な競技になるのか、スポーツ界になるのかを組織論の観点から考えたりする必要も出てきますし、倫理学の問題も出てくる。三主徴問題の原因は1つではなく、複数あって、しかもそれら複数の要因がすべて有機的に連動している。ですから、それらの諸要因を調整して改善へと導いていくスポーツマネジメントの力が重要になってくるのです」
こうして問題意識を高めた町田は2014年に現役引退を決断し、早稲田大学大学院に進学。フィギュアスケートにおけるマネジメントの研究者を志した。
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もちろん「それだけが動機ではない」と語るように、目を向けたのは女性アスリートの問題ばかりではない。フィギュアスケート界のさまざまな課題を意識した。先に見据えるのはこれからのフィギュアスケート界、スケーターたちの未来をどう豊かにしていけるのかである。