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“投手分業制”で強豪に育てた監督の信念すら…近江・山田陽翔は“賛否とは別次元の男”「『エースで4番でキャプテン』だと自覚している」 

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田口元義

田口元義Genki Taguchi

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photograph byHideki Sugiyama

posted2022/04/02 17:03

“投手分業制”で強豪に育てた監督の信念すら…近江・山田陽翔は“賛否とは別次元の男”「『エースで4番でキャプテン』だと自覚している」<Number Web> photograph by Hideki Sugiyama

センバツで近江・山田陽翔が投げた594球。多賀監督はこれまで“投手分業制”を採用してきた指導者だった

省エネ投球、7~8分の力…見当たらなかった「継投の余地」

 このセンバツでも、近畿代表の京都国際が新型コロナウイルスの集団感染により出場を辞退し、補欠校だった近江が繰り上げ出場となった際には、山田が「自分たちの野球をするために準備してきたんだから大丈夫」と、浮き足立つチームを引き締めた。

 だから多賀は、最初から「全試合を山田に任せる」と迷わず決められた。

 勘違いしてほしくないのは、指揮官は全試合で「完投させる」とはひと言も発していないことだ。現に延長13回を165球、ひとりで投げ抜いた長崎日大戦後には、「勝ち上がれば、他のピッチャーにも投げてもらうと思います」と明言している。

 実際にそうならなかったのは、継投の余地が見当たらないほど山田のピッチングが圧巻だったからである。

 序盤から優勢に試合を運べていた2回戦の聖光学院戦は、87球の省エネピッチング。終盤まで接戦だった準々決勝の金光大阪戦は127球を費やしたが、7~8分程度の力で変化球を中心に打たせて取ることができた。

準決勝で残り286球…想定外だった「死球」

 球数も残り286球。準決勝、決勝の2試合を投げ切ることを想定しても、やりくりできる範囲ではあったはずなのだ。

 そんな順調な船旅が逆風に巻き込まれる。浦和学院との準決勝だ。

「なんで山田が……」

 監督の多賀がうなだれたのは5回だった。

 打席で相手ピッチャーのボールが左かかと付近に直撃し、山田が悶絶する。臨時代走を送り、ベンチに引き上げると患部が内出血で黒ずんでいた。テーピングで足を固めて応急処置を施したが、多賀は「ダメだろうな。代えるべきか」と逡巡しながら、すぐさま星野をブルペンへ走らせ準備させた。

「大丈夫か?」

 多賀が探りを入れるように意思を確認する。

「行かせてください」

準決勝、多賀監督の葛藤「涙が止まりませんでした」

 山田が強く訴えると、監督が腹を決めた。だが、本当は心をナイフで切り刻まれるような悲痛さが、多賀を襲っていた。

「彼をマウンドから降ろせるのは僕しかいない。将来のある子です。無理をさせるわけにはいきませんでしたが、本人の『いけます』という決意もあり、覚悟を決めました」

 監督の決断を迷わせるほど、この時の山田には気迫が満ちていた。

 エースとして、キャプテンとして、死球後の振る舞いをどう意識したか――そう問われた山田の眼には、熱が込められていた。

「マウンドを譲る気はありませんでした。『エースで4番でキャプテン』だと自覚しているので、自分が折れてしまえばチームはズルズルいってしまう。『折れてはいけない』と思いながらプレーしていました」

 近江の大黒柱がマウンド上で吠える。

 一塁ベース上で顔をゆがめる山田の姿を目の当たりにした、サードの中瀬樹が誓う。

【次ページ】 「残された116球」。決勝の朝、山田は言った

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