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甲子園&阪神の応援でおなじみ「ファンファーレ」、発祥は天理高だった…! 顧問「いっちょホンマものを聴かせましょうか、と(笑)」

posted2022/03/22 11:02

 
甲子園&阪神の応援でおなじみ「ファンファーレ」、発祥は天理高だった…! 顧問「いっちょホンマものを聴かせましょうか、と(笑)」<Number Web> photograph by 天理高校吹奏楽部提供

1959年、夏の甲子園初出場時の天理アルプスの様子

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梅津有希子

梅津有希子Yukiko Umetsu

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天理高校吹奏楽部提供

 日々熱戦が繰り広げられている、第94回選抜高校野球大会。1回戦屈指の好カードが、天理(奈良)対星稜(石川)の名門対決だ。

 今大会では、吹奏楽部の演奏も、「50人以内」「奏者同士の距離を十分に取る」などの条件付きでOKに。3年ぶりにセンバツに生音が戻り、コロナ禍前と変わらない雰囲気が懐かしくも感じる。

得点時の曲、天理発祥って知ってた?

 長きにわたって甲子園常連の天理だが、ヒットが出た際や得点時に多くの学校が奏で、阪神タイガースも使っているファンファーレ、「♪チャーラーラー チャララ チャッララー」。この曲が、実は天理高校吹奏楽部発祥ということは意外と知られていない。

 音階でいうと、

 ♪ソーファーレー ドレファ ソッレソー

 聴けば誰もがわかる、おなじみのアレである。

 同校吹奏楽部は、戦前から幾度も全日本吹奏楽コンクールに出場している、日本の吹奏楽界に多大なる影響を与えてきた名門校だ。

 1936年に誕生した天理高校吹奏楽部。1942年、天理中学校時代に初めて全日本吹奏楽コンクール(当時の名称は「大日本吹奏楽大会」。翌年の第4回から「全日本吹奏楽コンクール」となる)に出場。栄えある3位を受賞した際、審査員は「テンリ」と読めず「アマリ中学校」と呼び間違えたという。今では信じられないエピソードだが、名門天理にもそんな時代があったのだ。

定番ファンファーレの“誕生秘話”

 1959年、第31回選抜高校野球大会で天理が演奏し始めたこのファンファーレの原曲は、アメリカの作曲家リチャード・ボウルズが作曲した「マクシンカッキー序曲」。

 吹奏楽部が演奏会などでこの曲を演奏し、初代指揮者の矢野清氏が、曲中のフレーズをアレンジして作ったものだ。

 2016年、筆者も出演したNHK-FM「今日は一日“吹奏楽”三昧リターンズ」で、NHKのアナウンサー山田朋生氏が、アメリカのチャットフィールド楽譜図書館で原曲譜面を発掘し、天理高校吹奏楽部に演奏してもらったことがある。実際に音源を聴いたが、1フレーズを抜き出してファンファーレに仕立てており、ほぼ原曲のまま。

【次ページ】 今や「ヒット」「得点」と呼ぶ学校多数

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