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「注射打ってまでやっているのは、なんなんだろうって」キング内村航平の“超ハイレベルな引退試合”に隠された後輩へのリスペクトとは
text by
矢内由美子Yumiko Yanai
photograph byAsami Enomoto
posted2022/03/20 11:01
3月12日に開催された引退イベント「KOHEI UCHIMURA THE FINAL」。橋本大輝や白井健三ら豪華メンバーが集結した
跳馬で“初披露”の技…「見ている人にも面白いかなと」
跳馬では、内村自身が試合で一度も使ってこなかった技に挑んだ。女子ではシモーン・バイルズ(米国)の名がついている「ロンダート2分の1ひねり着手前転とび前方伸身宙返り2回ひねり」だ。これは、内村が「僕の跳馬の終着点」と位置づけてきた大技「リ・シャオペン」(中国の李小鵬が2002年釜山アジア大会で発表)よりひねりが半分少ないDスコア5.4の技。動きの複雑さやダイナミズムで若き日の内村を虜にした「リ・シャオペン」の大半の部分を披露したことになる。
跳馬には、特別な狙いも込められていた。演技した3人がそれぞれ異なる種類の「着手」をしたことだ。白井健三はロンダートで後ろ向きに入る「シライ/キムヒフン」と側方から入る「アカピアン」を披露。谷川航が前向きに入る「ブラニク」を跳び、内村の技はロンダートから2分の1ひねる着手だった。
内村は、「どの種目もそうだったんですけど、ほかの選手がやる技、動きはやらないほうが、見ている人にも面白いかなと、そこは結構考えました」と意図を説明した。ここから見えたのは技に対する探究心の強さ。内村は1月の引退表明会見でこのように語っていた。
引退試合でも保った“100%の確率”
「リオ五輪からの5年間で研究してきたことによって、当時と今の自分を比べると体操に対する知識がかなり増えた。今は、世界中のどの体操選手、コーチより自分が一番知っているという自負がある」
そのうえで、異なる種類の技を観客に見て貰うことが体操の奥深い魅力の一端を伝えることにつながると考えていたのだろう。
最終種目の鉄棒では、現役生活の最後の最後まで進化し続けたことを示す象徴的な技であるH難度の「ブレットシュナイダー」を披露し、見事にバーをキャッチした。公式戦12回にこの日の演技を加えた計13回の実施をすべて成功。100パーセントの確率のまま引退を迎えることになった。東京五輪に出た19歳の北園丈琉と20歳の橋本大輝を出場選手に指名したことにも、体操界の先々を考えている内村の思いがにじみ出ているように感じる。
盟友・白井健三に「自分の名前のついた技くらいは(やって)ね」
今回のイベントでは各種目への思い入れのほかに、盟友「白井健三」への思いも感じられた。自身より一足早く昨夏に引退を表明した白井は、2013~17年までに「シライ」の名のつく技をゆかで3つ、跳馬で3つ、合計6つも発表してきた。