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文武両道がイタリアで!? インテル “期待の星” 入団で、両親「高卒資格のサポートは?」 本人「今の若者は自分で考える力がないと…」
text by
弓削高志Takashi Yuge
photograph byGetty Images
posted2022/03/07 11:00
イタリアのサッカー界では、中・高校生世代を受け入れるために学習環境を整えるクラブが増えているという
学習環境を整えることを獲得の交渉条件に
21世紀の思春期世代を預かる現場の教諭として、妻は断言した。
「イタリアの学校教育要綱には、生徒同士を競争させて優劣をつけるという概念はないわ。『相手を上回ること=競争』と『自分自身を高めること=成長』の2つは似ているようで異なる概念よ。学校は生徒にレースを叩き込むところじゃない」
学校教育と競争の指導を混同させない。
勝利を目指す努力や反骨心、仲間への思いやりに敗者への配慮、チームワークと対戦相手への敬意。それらを学ぶ場とされるスポーツ(クラブ)と教育機関たる学校の間には、きちんと一線が引かれ、両者は棲み分けられている。
だが、プロサッカー選手を目指す若者が勉学を疎かにするとは限らない。
むしろ、現代では中・高校生世代を受け入れるクラブが、学習環境を整えることを獲得の交渉条件にするケースも増えている。
5年前、件のロレンツォ少年が中学を卒業し、親元を離れて州境を越えた移籍が可能になると、インテルとユベントスの間で争奪戦が起きた。どちらに入団しても実家から遠く離れた北イタリアで寄宿舎に入ることになる。
インテルには教育アドバイザーに加え、補習講師まで
獲得交渉のためにやってきたスカウト担当者に、ロレンツォ君の両親が尋ねたのは、育成部門の練習施設やチームの指導状況についてではなく、息子が高卒資格を取るための教育サポートがどれだけ充実しているか、ということだった。
人口5000人に満たない村で地産のサラミ屋を営む彼らにとって何よりの気がかりは、息子が将来サッカーで食べていけるかではなく、必ず来るであろう将来サッカーで食べていけなくなる日に備えて、必要な教育をどう受けさせるかということだった。
だからこそ、彼らはスカウトに新天地での教育環境を問い質さずにはいられなかった。
国内はもとより世界中からタレントが集まるインテルの寄宿舎は、どこもかしこもピカピカで、専任の教育アドバイザーに加え、各教科の補習講師までが揃う。両親は安堵してサインした。
インテル入りが決まるまで、両親とロレンツォ君は村からペスカーラへ練習に通うため片道1時間の道のりを毎日車で往復していた。行き帰りの後部座席で本人は大量の宿題をこなした。期限までに宿題を提出できなかったのは1年で1度だけ。担任だった妻曰く「彼はサッカーのせいで学業が振るわない、なんて言い訳をしたくなかった」。日本より個人主義が尊重される分、子供には家庭ごとに異なる教育方針が如実に現れるらしい。