話が終わったらボールを蹴ろうBACK NUMBER
11年J2にいた京都サンガをわずか1年でJ1へ…曺貴裁監督が明かす“チームが激変した瞬間”「昇格させてやりたいなと強く思った」
text by
![佐藤俊](https://number.ismcdn.jp/mwimgs/0/c/-/img_0cd812be14e18dd4291ee39374883b0d99996.jpg)
佐藤俊Shun Sato
photograph byKYODO
posted2022/02/25 17:02
![11年J2にいた京都サンガをわずか1年でJ1へ…曺貴裁監督が明かす“チームが激変した瞬間”「昇格させてやりたいなと強く思った」<Number Web> photograph by KYODO](https://number.ismcdn.jp/mwimgs/5/6/700/img_5637cb4fcda7e3e75c82fd1f3c6893d5207708.jpg)
昨シーズン、京都サンガF.C.の監督に就任した曺貴裁。11年J2に停滞していたチームを1年でJ1昇格へと導いた
開幕してから5試合は2勝2敗1分で、5試合目の秋田戦は18本ものシュートを放ちながらも、0-1で敗れた。
「この時は、自分がこういうサッカーをするんだということに酔い過ぎて、サッカーの本質的なところに選手を持っていけていなかった。選手はよくやってくれたけど、目的を見失っていました。だから次の週のミーティングでろうそくの話をしたんです。『4本のろうそくを全部つけろ、とは言わない。1本、2本までは俺が“こうしていこう”でつくかもしれないけど、最後の3、4本目、シュートを入れるのは俺にはできない。チームを強くするのは、お前たちだ』と。その後、千葉戦から15試合負けなしで、まさに新幹線がスイスイ走れている感じでしたね」
「僕が昇格したいというより、昇格させてやりたいなと」
この頃、曺はJ1昇格を意識して戦っていたわけではなかったという。そもそも勝ち点や失点をどのくらいに抑えるなど、目標数値については、まったく設定せずにシーズンインしていた。
ADVERTISEMENT
チームをよくするためにどうしたらいいのか――。そのことを考えてただひたすらに目の前の試合に集中すれば、数字はあとからついてくるものだと考えていたからだ。実際、目の前の1つ1つの課題に集中した姿勢が15試合負けなしという快進撃に繋がったとも言える。曺がJ1を意識した発言したのは8月、中断期間が明けて初戦となる町田戦だった。
「前半13分に先制した後、前半30分ごろからすごくのんびりとした15分を過ごしていて、結局点を取られて追いつかれてしまったんです。そこで、ハーフタイムに『おまえら、J1にいきたくないのか。J1はいいぞ』という話をしたら、後半に一気にギアが上がった。そこで改めて“そうか、みんなJ1に行きたいんだ”ということが分かったし、彼らが自信をつけるためには昇格という証以外にないなと。僕が昇格したいというより、昇格させてやりたいなと強く思いました。
ただ、終盤の岡山戦(第40節)ぐらいにかなり硬くなってしまって(苦笑)。この直前までは『歴史を変えるぞ』と言っていたんですが、それが完全に裏目に出たので、選手に『俺も無理だし、お前らも無理だ! もう歴史を背負うのはやめよう。でも、ここから変えていくことはできるよな』という話をしました。そうしたら選手の表情が柔らかくなって」
昇格を決めた瞬間「J1が楽しみで仕方なかった(笑)」
第41節、京都は千葉戦をドローで終え、J1昇格を決めた。曺は、ファンやサポーターが喜んでくれたことはもちろん、市役所やスポンサーに挨拶をしていく中で、想像以上にJ1昇格を喜んでくれていることを強く感じた。そして、昇格を決めたときの心境は湘南時代とは違い、とても穏やかなものだった。
「(湘南時代とは)全然違いましたね。湘南の時は3回の昇格があって、17年の時はとくに“ホッとした”という気持ちが一番でした。しかもその直後には『来年どうしようか』と考えていたんです。でも、今回はJ1が楽しみで仕方なかった(笑)」
そして、何より今回の昇格で一番嬉しかったのは、選手の評価が上がったことだった。