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タイトル獲得、失冠、再挑戦… 28歳・渡部愛女流三段が「今の勝ち負けはどうでもいい」と言われ続けるワケ<将棋界初のコーチング> 

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いしかわごう

いしかわごうGo Ishikawa

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photograph byYuki Suenaga

posted2022/01/20 17:02

タイトル獲得、失冠、再挑戦… 28歳・渡部愛女流三段が「今の勝ち負けはどうでもいい」と言われ続けるワケ<将棋界初のコーチング><Number Web> photograph by Yuki Suenaga

「将棋を強くなりたい」と語る渡部愛女流三段。彼女にはどんな将棋の未来が開けていくだろうか

 そのタイトル戦を終えて3カ月が過ぎた。

「一言で言うと、不完全燃焼で終わってしまった部分はあります」と、率直な思いを彼女は述べた。

「自分の力を出し切って負けたわけではなく、もやもやがあって負けてしまいました。気持ちの面でも引いてしまって、駒があまり前にいくことができなかった。でも、自分の力を出し切れなかったことも含めて、準備不足だと思ってます」

――もっと強くなりたい。

 大舞台での負けの悔しさを知り、その思いはより高まった。ただそれは「勝ちたい」と同時に「将棋の中身を追求していきたい」という気持ちに変わりつつある。

積み重ねが棋士人生において大事なのだと

 渡部は目を輝かせて言う。

「一つの手に対して、枝分かれの変化であったり、こういう手筋があるんだとか、いろんな発見があるんです。そういう積み重ねが棋士人生において大事なのだと思うようになりました。もちろん、一つの戦法を極める方が、目の前の勝負には結果が出やすくなると思うんです。それもすごく大事なことですが、私自身はたくさんの戦法が指せるようになりたい。欲を言えば、振り飛車も指してみたい。人からは効率が悪いと言われますが、幅広く将棋を勉強していきたいです」

 これは、野月コーチの指導を受ける6年前にはなかった感情だったと言える。読みの量を増やしながら、深く考える訓練を続けたことで、将棋の本質をもっと知りたくなった。彼女にとって「盤上で見える景色」が変わり始めた証拠だ。

野月が要求した、たった一つの“対価”

 奨励会の在籍経験のない渡部の躍進は、今や注目を集めつつある。

 野月の存在もあり、将棋界におけるコーチングの成功例となる可能性もあるだろう。ではこうしたコーチが徐々に定着していくのだろうか。野月に見解を尋ねてみた。

「女流棋士のコーチングは初めての例なので、これがスタンダードになるかはわかりません。もしかしたら何人かは出てくるかもしれませんが、コーチの負担も大きいですから。最新の技術や勉強方法の移り変わりも把握しないといけないので、現役棋士じゃないとできないですし、やりたいという棋士は少ないと思います。ただ、今後は若くして引退される棋士も出てくるかもしれないので、そういう人たちが出てくるかもしれません。そうなると、どこがお金を出すのかという問題もありますが……」

 実は、野月は謝礼を受け取っていない。指導は全てノーギャラだ。

 しかし、たった一つだけ対価を提案した。

【次ページ】 女流棋士として人生を賭けるものに出会えてよかった

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