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タイトル獲得、失冠、再挑戦… 28歳・渡部愛女流三段が「今の勝ち負けはどうでもいい」と言われ続けるワケ<将棋界初のコーチング>
text by
いしかわごうGo Ishikawa
photograph byYuki Suenaga
posted2022/01/20 17:02
「将棋を強くなりたい」と語る渡部愛女流三段。彼女にはどんな将棋の未来が開けていくだろうか
本当のトップを狙うのであれば、日頃の努力を継続しながらも、そこの域に到達しないと戦い続けることはできないということだ。彼女が勝負するのは、そうしたレベルで研鑽し続ける世界なのである。
「サッカーでも、みんなが日本代表になれるかというと、そうではないですよね。里見さんや西山さんに勝つのは、男性棋士と同じレベルになるということ。誰でもそこまで到達できるのであれば、奨励会も必要ないわけです。男性棋士も、みんなそこでもがいているわけで、ここでへこたれずに続けられた人が強くなるのだと思います」
極限状態で放った「5八歩」からの逆転劇
もっとも、ここまでの全てが順調だったわけではない。
最近では、コロナ禍でのリモート対局に慣れずに調子を崩した時期もある。そんな時は、カリキュラムを組み直しながら、やり続けてきたものを可視化することで立て直した。積み重ねていた勉強は彼女を裏切らず、次第に復調した。
女流将棋界初となる順位戦として設立された「ヒューリック杯白玲戦」では、6勝1敗のトップで順位決定トーナメントに進出。その準決勝では、本命と目されていた里見香奈を逆転で破り、周囲にインパクトを与えている。
終盤、劣勢だった渡部が放った5八歩が絶妙な守りの手となった。
持ち時間を使いきり、迷った末に秒読みの「9」で指したギリギリの一手だったが、この一手で里見の手がパタリと止まったのだ。里見の攻め駒である飛車2枚の利きを止め、その飛車の位置がずれると形勢が大きく変わる攻防手だったのである。逆転に成功すると、しばらく進めてから、里見が投了を告げた。
「実は里見さんとの対局は全然眠れなかったんです……緊張しすぎて(笑)。でも寝不足なのに将棋のことしか考えられなくて、今期の対局で一番集中できました。極限状態だったかもしれないですね。序盤と中盤は考えていた通りでしたが、形勢が良くなってから逆転されて、劣勢になりました。結果、逆転勝ちしましたが、相手のミスに助けられたかなと思います」
「不完全燃焼で終わってしまった」白玲戦
渡部は記念すべき第1期白玲戦七番勝負の大舞台に進んだ。「初代白玲」の称号をかけた相手は、里見と並んで本命と言われていた西山朋佳だ。
女流王位戦以来となるタイトル戦の晴れ舞台。しっかりと準備をして挑んだものの、結果は0-4のストレート負け。「豪腕」とも評される西山の将棋に圧倒され、実力の差を痛感させられた。トップ争いをする顔ぶれに入ってきたと思ったが、その頂はまだまだ遠かった。