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パリで銅メダル、ボストンマラソン2連覇、ニューヨークマラソンも制覇。絶対女王ヘレン・オビリがパリで「On」を履いた理由。

posted2024/08/17 11:30

 
パリで銅メダル、ボストンマラソン2連覇、ニューヨークマラソンも制覇。絶対女王ヘレン・オビリがパリで「On」を履いた理由。<Number Web> photograph by Colin Wong

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涌井健策(Number編集部)

涌井健策(Number編集部)Kensaku Wakui

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Colin Wong

Onのシューズが世界のトップランナーの間で支持を広げている。その理由はどこにあるのか? 躍進を象徴するケニア人ランナーとコーチ、そして創業者らに話を聞き、ブランドが持つDNAに迫った。

 圧巻の勝負強さだった。ペースメーカーがつかず、起伏の激しいコースが特徴のボストンとNYCマラソン。その2つのクラシックレースを2023年春のボストン、秋のNYC、そして今春のボストンと3連勝、さらに今夏のパリで開催されたスポーツの祭典でもメダルを獲得したのがヘレン・オビリだ。高速コースではないためタイムは世界記録には及ばないものの、ヘレンが見せた勝負強さは傑出しており、現在「世界最強の女性ランナー」と言ってもいいだろう。

 6月、ヘレンに強さの理由を尋ねると、哲学的な答えが返ってきた。

「マラソンに臨むときは、相手をよく知り、よく観察する必要があります。それができていればライバルが動いたときに反応したり、我慢したりできる。優れたマラソンランナーとは、周囲に弱さを見せず、精神的に強くあり続ける選手です」

 そして「心」の重要性を強調した。

「マラソンは心のゲームなんです。ランナーにとって拷問にもなるし、トラウマにもなる。だから、必要なのは痛みに耐えるために心を鍛え、痛みを受け入れること。心地よく不快感を受け入れる、と言い換えてもいいかもしれません」

 ケニア出身、34歳。5000mで数々のメダルを獲得してきたヘレンは、マラソン挑戦を前にした2022年に大きな変化を選択した。故郷ケニアを離れ、家族でアメリカに移住、「OAC」に加わるという決断だ。OAC(On Athletics Club)はスイスのスポーツブランド「On」が立ち上げたチーム。ヘレンが所属するアメリカのチームはボルダーを拠点に、現在6カ国から15名の選手が所属している。

「アメリカではルールや環境に適応する困難があるとわかっていましたが、それでも決断をしたのはOnが私を細やかにサポートしてくれたから。練習パートナー、ランニングコース、ストレングスコーチ、マッサージ、メディカル、ウェイトルーム。まさにフルパッケージでした。さらにコーチの練習がマラソンに挑戦する私のニーズに合致したのも大きな理由です」

コーチが語るヘレン成功の理由

 OACを指導するコーチ、デイサン・リッツェンハイン、41歳。トラック、マラソンで3度五輪のアメリカ代表にもなった名ランナーで、かつて大迫傑と同じチームに所属したこともある。そのデイサンはヘレン成功の理由をこう語る。

「ヘレンには勝つためのマインドセットが備わっています。生まれ育ったのがケニアのかなり貧しい地域であり、それが人生のゴール設定の仕方や心の強さに影響していると思います。マラソンに関しては多くの変数をコントロールできれば勝てる確率が上がるので、OACに来てからコーチを信頼し、レースプランを守ることを学んだことも大きいと思います」

 OACでヘレンの練習内容も変わった。1週間の走行距離はそれまで140~150kmだったのが180~200kmに増え、35~40kmの距離を走るロングランは標高1600mの高地で周期的に実施できるようになったとデイサンは言う。

「最新のトレンドである二重閾値走などもフォローしていますが、私たちはボリュームとスピードという従来の指標を大切にしています。日本人ランナーにとってヘレンの走行距離は多くないかもしれませんが(苦笑)、スピードを維持でき、故障をしないのであれば、練習のボリュームを増やすことはパフォーマンス改善に繋がるはずです。ヘレンの強みはマラソンレースまでの4カ月という期間の中で、毎週かなりの強度で走り続けられること。これは誰しもができることではありません」

【次ページ】 「OACを魅力的な家族のように育てている」

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