それは地元である北海道を、将棋を通じて盛り上げること。タイトル戦に出るほど強くなれば、北海道の将棋熱は確実に盛り上がる。その覚悟は忘れないように。それだけが野月の条件だった。そしてその約束を渡部はしっかりと果たしつつある。

女流棋士として人生を賭けるものに出会えてよかった

　野月は、こうも付け加えた。

「それに渡部さんと同じだけの努力をみんなできるかというと、難しいと自分は思ってます。目の前の勝ち負けを求めて、勝ちたいという人は僕の指導は向かないとも思っています。常に目の前の勝負で勝利を求めるのを最重視する取り組みも理解できますし、そっちに行きたくなると思うので」

　今の勝ち負けはどうでもいい。野月はそう渡部に言い続けて指導してきた。数年後、強くなって誰にも負けなくなるのが目標だからだ。対戦相手の対策に特化して、研究にはめて目先の勝負に勝つような将棋は決して指導しない。だから、なのだろう。彼女の目指している将棋は、志の高いものになっている。

　最後に。

　渡部は今後の目標をこう述べた。

「タイトルをまた獲りたい。それは第一にあります。ただ人生の目標は、将棋をもっと強くなりたい、将棋を深く知りたい、いろんな将棋をもっと知りたい……そういう思いがあります。将棋の盤面の中には可能性がたくさんあるのに、今までの自分は先入観でその可能性を狭くしていました。これは昔の自分では気づかなかったことです。将棋がこんなに楽しいものだとも思っていなかった。女流棋士として人生を賭けるものに出会えてよかったと思っています」

　渡部愛、28歳。

　6年前の自分がどんなに目を凝らしても見えなかった可能性を、今は将棋盤から見つけられるようになった。

　ここから強くなって見えてくる景色は、一体どんなものなのだろうか。盤上にそれを探し求めて、彼女は将棋を指し続けていく。＜第1回、第2回から続く＞

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“平凡な女流棋士”だった22歳の決断「自分を変えないと、ここから先には…」渡部愛がすがった“将棋界初のコーチング”とは