将棋PRESSBACK NUMBER
タイトル獲得、失冠、再挑戦… 28歳・渡部愛女流三段が「今の勝ち負けはどうでもいい」と言われ続けるワケ<将棋界初のコーチング>
posted2022/01/20 17:02
text by
いしかわごうGo Ishikawa
photograph by
Yuki Suenaga
2018年に獲得した女流王位の初タイトル。
これが、何者でもなかった渡部愛にとって大きな自信になったことは間違いない。ただ自分に矢印を向けながらも、当時のことを冷静にこう振り返っている。
「タイトルを獲りたいという目標、それは叶いました。次の目標は防衛かなと最初は思いましたが、結局、行き着いたのは将棋を強くなること。それ以外は考えられなくなりました。タイトルももちろん大事ですけど、それ以上に将棋の質を高めること。自分の実力を底上げすること。それが大事なことだと感じた1年間でした」
「勉強時間が……」タイトルホルダーの難しさ
同時に、タイトルホルダーとして過ごす難しさも味わった1年だった。取材対応やイベント出演など様々なオファーが一気に舞い込んだことで、これまで経験したことのない忙しさに見舞われたからだ。
例えば、今まで移動中といえば、詰将棋や将棋の本を読んで過ごす時間だった。しかし、その時間を連絡など業務連絡に費やされることとなった。イベント出演すれば、移動に費やされる時間も増えていく。当然ながら、まとまった勉強時間はコントロールしにくくなる。
慣れない日常にどう向き合えば良いのか。翌年に防衛できず失冠したが、身も心も消耗した経験も含めて、良い1年だったと口にする。
「将棋の勉強時間は一時的に減りましたね。経験がなかったことでしたが、そこで崩れてしまってはいけないと思ってやってました。それにタイトルホルダーとしての実力が、自分の中では足りなかったのだと思います。1期を獲るのは勢いや運も味方してくれたかもしれません。2期、3期と獲る実力が本当にあるかどうか。そこの部分はまだ足りていない部分だと思いました」
何をやっても伸びる時期は過ぎた
タイトルを失冠した19年、そしてコロナ禍での対局となった20年。
野月コーチの指導が続いている中、取り組んでいるカリキュラムの内容も進化し続けていた。ただ、ここから先は同じだけの努力を続けても、成長曲線がかなり緩やかになる時期だとも野月は話す。
「最初の目標は『タイトル戦に出たい』でしたし、ここまでは伸ばすのは難しいことではありませんでした。例えばアマチュアレベルで考えても、何をやっても伸びる時期というのはあるんです。でも、ここから伸びるのが大変。ペースは落ちていきますから、ここで伸びなくてもやり続けられるかどうか。対戦相手も強くなるので、成績には出ないかもしれない。ただ、ようやく前提条件までは来たかな。戦える位置までは来たと思います」
つまり、ようやく女流トップで争える領域に入ってきたのではないかと野月は見ている。